田中美奈子「涙の太陽」でデビュー!ギラギラ燃えるバブルの象徴 1989年 7月26日 田中美奈子のデビューシングル「涙の太陽」がリリースされた日

バブル時代を象徴する存在といえば、男性では石田 “愛と平成の色男” 純一、そして女性ではやはり田中美奈子ということになるだろう。

1984年に『ミスマガジン』の準グランプリを獲得した後、テレビに出はじめたのは86年から。大映テレビ制作のドラマ『天使のアッパーカット』がフィルモグラフィーの最初期であり、一般的にバブル景気に突入したのはこの年の暮れからといわれている。

ドラマ仕事では、主役の中山美穂の友人の女子大生役を演じたフジの月9『君の瞳に恋してる!』、宅麻伸に想いを寄せる OL を演じた TBS の金ドラ『雨よりも優しく』などを経て、90年には TBS『トップスチュワーデス物語』とフジ『キモチいい恋したい!』で主役級のポジションを得ている。『キモチいい恋したい!』で共演した吉田栄作とは、二人とも顔が人並み外れて小さかったことから “干し首コンビ” を自称していたそうである。

そして91年にはその展開の速さとスリルから “ジェットコースタードラマ” と命名されたフジ『もう誰も愛さない』が話題となり、女優としての代表作のひとつとなる。再び吉田栄作との共演だった。俗に言うバブルの終焉がこのドラマが始まる直前であったから、美脚が強調されたボディコンスタイルと相俟って、バブルの申し子と呼ばれ、最近では当時を懐古する際に欠かせない存在となっている―― 桐谷美玲との共演 CM で30年ぶりにホディコン姿を披露していたのは記憶に新しいところ。まったく変わらないスタイルの良さに感心させられた。

さて、そんな彼女が「涙の太陽」で歌手デビューしたことは有名だが、その前にプレデビュー盤があった。87年4月にコロムビアからリリースされた “ ’87イエイエガールズ” の「トレイン」がそれ。レナウンのキャンペーンガールに選ばれた加藤麻由美、真木望とのユニットで、B面は小林亜星作のお馴染みの CM ソング「レナウン・ワンサカ娘」の87年ヴァージョンだった。コマソン好きの自分は迷いなくレコードを買い、後から田中美奈子の存在を認識して驚いたが、当時はそれほど多くは売れていないはずだ。

正式なソロデビュー曲となった「涙の太陽」が徳間ジャパンからリリースされたのは89年7月。音楽ソフトの主流がレコードから CD へと移行していた最中だったから、プロモーションオンリーのシングル盤はレコードで作られ、実際には CD シングルとしての発売だった。いわゆる短冊と呼ばれる8センチ CD である。

曲のオリジナルは65年のエミー・ジャクソン、すぐに青山ミチがカヴァーしてほぼ競作となり、その後73年には安西マリアがデビュー曲としてカヴァーヒットさせ、お馴染みの曲がまたまた復活したのだった。ちなみに田中美奈子盤のリリース直前にはサンディー&ザ・サンセッツもカヴァーシングルを出している。

田中のデビュー時のキャッチフレーズは「’89夏・瞳美人衝撃デビュー!!」で、デビュー曲が「涙の太陽」に決まったのは、当時の所属事務所の社長夫人が安西マリアだったという縁から。経緯はともあれ、バブル真っ只中の時期にカヴァーされるには最適なナンバーであったとおぼしい。曲の高揚感と社会情勢が絶妙にリンクした結果のスマッシュヒットといえそう―― となればカヴァー路線が引き継がれるのはこの世界の常であり、セカンドシングルはフィル・スペクターの名歌「Be my baby」で洋楽スタンダードのカヴァーに挑戦。『トップスチュワーデス物語』の主題歌に起用された第3弾「夢みてTRY」が初めてのオリジナルとなった。

「夢みてTRY」が小室哲哉の作詞・作曲・編曲というのも時代を物語っている。その後も「左手で誘惑TONIGHT」などを出しつつ、92年にはザ・ピーナッツ「恋のバカンス」をカヴァー。サントリー「恋のいよかん」の CM ソングで、カップリングは山口百恵「ひと夏の経験」のカヴァーという興味深いシングルだった。

思えば田中美奈子はバブル期最高のカヴァーシンガーだったということになる。いずれは吉田栄作とのデュエットで「恋のひとこと」なんかをぜひ歌っていただきたいものである。

※2018年7月26日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 鈴木啓之

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