【くまもと五輪】末續慎吾(下)陸上短距離3大会連続出場から11年 挑戦の人生走り続けたい

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インタビューで「パリ五輪を目指したい」と意気込みを語る陸上男子の末續慎吾=6月13日、神奈川県平塚市の「ShonanBMWスタジアム平塚」(高見伸)
37歳で出場した日本選手権男子200メートル予選を走る末續慎吾。右は隣のレーンを走ったサニブラウン・ハキーム=2017年6月、大阪市のヤンマースタジアム長居(高見伸)

 日本を代表するスプリンターとしてシドニー(2000年)、アテネ(04年)、北京(08年)の3大会に出場した末續慎吾(39)。瞬発力が求められる陸上短距離で3大会を駆け抜ける偉業を残したが、五輪をひとくくりには語れない。

 「初めてのシドニーは楽しかったが、印象深いのは北京。不思議なもので苦しさやいろんな情緒があった方が心に残る」

 こうした経験をフィードバックしようと、1月、神奈川県平塚市に陸上クラブ「イーグルラン」を創設した。トップアスリートにトレーニングの機会を提供するほか、全国の愛好家が集う「陸上のコミュニティー」づくりを模索する。

 「クラブ名の由来は30歳の頃に練習した米国にある。当時は『不自由な』走りをしていた。グラウンドに寝転がり『何でこんな苦しい思いをしているのかな』と悩んでいた時、大きなワシ(イーグル)が飛んでいた。あんな風に自由に走れたらいいなと思った」

 30歳は北京五輪後に選択した「長期休養」と重なる。現役続行か、引退か。身の振り方に周囲の関心は集まっていた。

 「僕はいつまでも走り続けたい。なのに『何で続けるのか』という声もあったし、後継者を育てる話もあった。しかし、いつまでも『かけっこ』がしたいし、『後進の指導』というのが、僕には分からなかった。技術的な情報はネットの中にもたくさんある。選手の顔色や空気感…。教える上で一番大切なことは実際に人と向き合わなければ分からない。自分の経験を欲している人の少し前を走り、寄り添うくらいがちょうどいい」

 「自分は母校の九州学院高や東海大で走りながら人間関係を学んだ。世代間で学び合う場として、経験を踏まえ、時代に合わせた新しいスポーツシーンを目指す」

 熊日学童五輪で第一歩を刻み、高校で日本のトップランナーへと駆け上がる土台を築いた。新たな出発点に東海大時代を過ごした神奈川県平塚市を選んだが、古里への思いは今も強い。

 「残念ながら熊本では陸上が仕事として成り立たない。しかし、常に郷里のためを思ってやっているし、クラブがもっと大きくなり、求められた時には熊本でもやりたい」

 熊本の子どもたちに伝えたいメッセージがいつも心にある。

 「目標に向かう過程を楽しめるようになったら結果は必ず出る、ということだ」

 生涯現役を掲げ、2年前の日本選手権に37歳で出場。200メートルの日本記録20秒03をマークした03年から16年たった現在でも体調が良いときは20秒台で走れる自信はある。

 「記録を出すためのプロセスは分かっている。僕らは技術的な情報を何も持たない中で走ってきた。いま、その積み上げてきた経験と技術を、試せる立場にある」

 「東京五輪も何らかの形で関わりたい。44歳になる4年後のパリ五輪にも出場したい。世界選手権で銅メダルを獲得した思い出の地だし、縁があれば戻れる。そういうドラマチックなものがあるからスポーツは楽しい。何より、挑戦を続けることが僕の人生だから」

(2019年7月26日付 熊本日日新聞朝刊掲載)