ほろ苦い青春映画 初めて全力でひとつの事に挑んだ青年の成長と挫折を壮大な映像・音楽で描く『ブレス あの波の向こうへ』

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

海ドラ『メンタリスト』主演のサイモン・ベイカーが監督デビュー!

ラッセル・クロウの『ディバイナー 戦禍に光を求めて』(2014年)や、ジョエル・エドガートンの『ザ・ギフト』(2015年)、リチャード・ロクスバーグの『ディア マイ ファーザー』(2007年)など、近年オーストラリアの演技派俳優たち(クロウはニュージーランド出身)が長編映画監督デビューを果たしている。彼らに続いて、本作『ブレス あの波の向こうへ』(2017年)で監督デビューを飾ったのが、テレビシリーズ『メンタリスト』(2008年~2015年)のパトリック・ジェーン役でおなじみ、サイモン・ベイカーである。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

ティム・ウィントンの小説「ブレス」(現代企画室刊)を映画化した『ブレス あの波の向こうへ』は、オーストラリアの海辺の小さな町で暮らす二人の少年が、サーフィンを通して大人への第一歩を踏み出していく青春ドラマ。

自身もサーフィンを嗜むベイカーが監督・脚本・製作を兼任し、少年たちの“人生の師”となるサーファーのサンドー役を演じるとなれば、「カリスマ的な指導者からサーフィンを教わって、退屈な日常から脱却していく少年たちの物語」というような内容をイメージするかもしれない。確かに少年たちの日常はサーフィンと出会って大きく変わっていく。しかし、それは心の痛みや切なさを伴うシビアなものでもあった。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

本作の主人公は内向的な少年のパイクレット(サムソン・コールター)であり、ドラマは主に彼の視点で進行する。一般的なスポーツ映画であれば、彼が向こう見ずな友人ルーニー(ベン・スペンス)とサーフィンで競い合ううちに、技術的にも精神的にも鍛えられて、ルーニーやサンドーすら超える存在になっていくのかもしれない。

しかし本作のパイクレットは、次々と危険な波に挑ませようとするサンドーについていけなくなり挫折する。自分の限界を理解することで、周囲の人々と自分がどう違うかを知って大人になる過程を描いた、瑞々しくもほろ苦い青春映画と言えるだろう。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

サーフィンの高揚感や恐怖を音楽で表現!

このように繊細なテーマを内包した本作であるから、劇中の音楽も従来のサーフィン映画とは異なる雰囲気を持ったものとなっている。『ハートブルー』(1991年)や『ブルークラッシュ』(2002年)、『マーヴェリックス/波に魅せられた男たち』(2012年)のように、サーフィンを題材にした映画のサウンドトラックは、既存のポップ・ミュージックのコンピレーションになることが多いが、本作はハリー・グレッグソン=ウィリアムズ(以下HGWと略)のスコアで統一されている。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

ストリングスとギター、ピアノのコンビネーションを中心に構成された楽曲は、時に電子音も交えて透明感と涼やかさに満ちたサウンドを作り出し、海のきらめきやオーストラリア西南部の景色を美しく彩っている。そして弦楽器で演奏されるメインテーマのメロディは、控えめなトーンを保ちながらも、パイクレットとルーニーの若々しくナイーブな感性をヴィヴィッドに描き出している。

その一方で、メインテーマのメロディをロック風のアレンジで聴かせる「Outside Sawyer Point」(サウンドトラックアルバム5曲目)の力強いエレクトリックギターのフレーズが、観客の胸を打つ。パイクレットとルーニーが初めて波に乗れた時の高揚感と、サーフィンのダイナミズムを余すところなく表現した、爽快感あふれるスコアである。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

しかし、サーフィンのシーンの音楽は、ソーヤー岬からオールド・スモーキー、ノーチラスと波の危険度が増していくにつれて、爽快さの象徴でもあったギターによるメインテーマの旋律が聞かれなくなり、シリアスなトーンを帯びたスコアが「死と隣り合わせの恐怖」を強く印象づける。

HGWはサウンドを段階的に変化させることによって、サーフィンが趣味や娯楽の領域を超え、「自分が本物か凡人か」を見極める試練となっていく過程を表現している。本作で描かれるサーフィンが精神修行にも似た深遠な行為に見えるのは、彼のスコアによるところも大きいのではないかと思う。

『ブレス あの波の向こうへ』© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd

ベン・アフレックの『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(2007年)、『ザ・タウン』(2010年)、『夜に生きる』(2016年)、ピーター・バーグの『ランダウン ロッキング・ザ・アマゾン』(2003年)、ジョン・ファヴローの『カウボーイ&エイリアン』(2011年)などで俳優出身監督たちとコラボしてきたHGWは、本作が初監督のベイカーにとっても頼もしい存在だったに違いない。

文:森本康治

『ブレス あの波の向こうへ』は2019年7月27日(土)より新宿シネマカリテほか順次公開

『ブレス あの波の向こうへ』オリジナル・サウンドトラック 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ 発売元:Rambling RECORDS 品番:RBCP-3324 価格:2,400円(税抜)

サイモン・ベイカー インタビュー 映画『ブレス あの波の向こうへ』

エリザベス・デビッキ出演/映画『ブレス あの波の向こうへ』本編映像&インタビュー

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