教科書にも寄稿したメディアの寵児…正体は北朝鮮の凄腕スパイ

お坊さんだと思ったら実はスパイだった。まるでコメディタッチの韓流スパイ映画の設定だが、これは実話だ。

韓国の情報機関、国家情報院と警察庁は最近、40代男性A容疑者を逮捕し、取り調べていると韓国のCBSが公安当局からの情報として報じた。A容疑者にかけられた容疑は、北朝鮮人民武力省の偵察総局の司令を受けて、昨年から今年6月まで韓国国内で仏教の僧侶として活動しつつ、スパイ活動を行ったというものだ。

偵察総局とは人民武力省傘下の情報機関で、諜報活動に留まらず、サイバー攻撃なども行っている機関だ。

公安当局によると、A容疑者は数年前に韓国に入国。一度は出国したが、昨年、第三国で国籍ロンダリングを行った上で、済州島から韓国に再入国し、僧侶として活動していた。捜査当局は、A容疑者の目的や活動内容を追及した上で、送検する方針だ。北朝鮮に漏洩した内容によっては重罰が予想される。

韓国の国家保安法は4条の2で、軍事機密、国家機密を反国家団体(=北朝鮮)に渡した場合、懲役7年以上、内容が重要な機密の場合は最高で死刑に処すると規定している。韓国は実質的死刑廃止国なので、無期懲役となる。

今回のように、北朝鮮から直接派遣されたスパイが摘発されたのは、北朝鮮屈指のイデオローグで、チュチェ思想の創始者でありながら韓国に亡命した黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ)氏を暗殺するために派遣された2人が摘発されて以来、9年ぶりのことだ。

他にも、身分と国籍を偽った上でスパイ活動を行っていた北朝鮮の工作員は数多く存在するが、中でも韓国社会を驚愕させたのは、ムハマド・カンスの事件だろう。


1946年、フィリピン系の父とレバノン系の母の下に生まれたフィリピン国籍の彼は、レバノンで大学を卒業後、マレーシアのマラヤ大学の大学院在学中だった1984年に韓国に入国し、韓国語を習得した。檀国大学史学科の博士課程を経て、1994年には同学の助教授となり、シルクロード専門家としてメディアでも活躍した。12ヶ国語を操る語学の天才で、彼の文章は中学校1年生の教科書にも掲載されるほどだった。

ところが、彼の出自に関する情報は全部ウソだった。

彼の本名は鄭守一(チョン・スイル)。1934年に当時の満州国間島省(現在の中国吉林省)延吉で朝鮮族の家庭に生まれた彼は、北京大学アラビア語学科を首席で卒業して外交官となったが、文化大革命のころに北朝鮮に帰化した。その後、平壌国際関係大学、平壌外国語大学アラビア語学科の教授となり、金日成主席の通訳まで勤めた。

朝鮮人離れした外見に目をつけた朝鮮労働党国際情報調査部は、彼に4年半に渡ってスパイ教育を施し、レバノン国籍を取得させた上で韓国に送り込もうとしたがうまく行かず、数カ国を転々とさせた後にフィリピン国籍を取り、韓国への潜入に成功した。

1996年7月に逮捕、起訴されたが、転向の意思を示したことと、北朝鮮に送った情報はメディア報道を整理したものに過ぎず、機密情報が含まれていなかったことなどが情状酌量され、懲役12年に減刑された。服役中の2000年に、光復節(日本の植民地から解放された記念日)の恩赦で釈放され、2003年の特別赦免で復権、学会に復帰し、現在でも旺盛な活動を続けている。

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