「音」となって母校に戻る 戦没学生の遺作譜面を演奏 東京芸大

草川宏さんの曲を弾く東京芸大の学生たち=2019年7月27日、東京芸術大学提供

 東京芸術大学(東京都台東区)は2017年から太平洋戦争で戦死した音楽学生たちが書き残した遺作譜面を元に楽曲を再現、現役の学生らによる定期コンサートを続けている。70数年の時空を超え、若い後輩たちによって母校でよみがえる「戦没学生」の作品群。どのような旋律で、演奏者は何を感じたのか。7月27日、同大音楽学部内のホールに足を運んだ。(共同通信=柴田友明)

 今年は、東京芸術大の前身の東京音楽学校で作曲を学び、学徒出陣して1945年にフィリピンのルソン島バギオで戦死した草川宏さん(当時23歳)の10作品が選ばれた。草川さんは童謡「夕焼小焼」で知られる作曲家草川信さんの長男。ご家族が空襲を免れて楽譜を保管していたため、曲の再現ができたという。「ピアノ曲」「室内楽曲」「歌曲」の構成で、約160人が聴き入った。

 室内楽曲の「弦楽三重奏のための変奏曲」(1942年)。弦を指ではじくパートと弓で弾くパートに別れて多彩な変化に富んだ曲のように感じた。バイオリン、ビオラ、チェロ、三重奏でそれぞれ担当した女子学生たちにコンサートの後に演奏した印象を聞いた。

 「とても新鮮。(これまで知っている)西洋音楽とは違う新鮮さがあります。そう、私たちの感想は一致しています」。本番前に練習を重ねた3人の曲への印象は古さではなく、新しさだった。

1943年10月21日、神宮外苑競技場で行われた出陣学徒壮行会

 最後の「歌曲」は島崎藤村、土井晩翠、三木露風の詩の曲だった。「秋に隠れて」というタイトルの歌曲は藤村の「若菜集」の一篇だ。草川さんの1944年当時の日記が残っていて、当時作曲した際に同期の学生にこの歌曲の感想を求めたり、「島崎藤村の歌曲集を出版したい」などとの思いが綴られているという。

 10作品の曲が演奏された後に、会場は拍手で包まれた。訪れていた草川さんのおい(60)は「(年齢的に)直接会うことがなかったおじの曲がこういうかたちで聴けてよかった。(学生時代に)試行錯誤をしながら曲を作っていたことがよく分かりました」と語った。

 東京芸大は今年4月から、戦時下の音楽学生の記録データを収蔵・公開するウェブ資料館「声聴館」を開設。これまでに草川さんを含む4人の戦没学生の作品や経歴を紹介している。今後は前身の東京音楽学校の戦没学生の作品に限らず、〝発掘〟を進め、これまであまり光が当てられてこなかった「戦時下の音楽教育」の状況を明らかにしていきたいとしている。

左は東京芸大の前身、旧東京音楽学校奏楽堂 右は「戦没学生のメッセージ」CDジャケット(ディスク クラシカ ジャパン)

【東京芸大のウェブ資料館・声聴館URL】

【2019年5月13日アップ記事】

時空超え よみがえる「音楽学徒」の旋律

東京芸大 遺作譜面の演奏動画

 東京芸術大(東京都台東区)が2019年4月から、戦時下の音楽学生の記録データを収蔵・公開するウェブ資料館「声聴館」を開設した。「記録からも記憶からも消えてしまいかねない学生の存在」を少しでも知ってほしいという取り組みだ。遺族らの手元にあった4人の譜面をベースに、東京芸大は2017、18年に「戦没学生のメッセージ」というテーマで演奏会・シンポジウムを開催。動画を含め、当時の学生たちの「生きた証」をネット上でも紡ごうとしている。(共同通信=柴田友明)

 ウェブで紹介されているのは、東京芸大前身の東京音楽学校に在籍した鬼頭恭一さん、葛原守さん、草川宏さん、村野弘二さんの4人。同大ではこれまで演奏会で4人の作品20曲以上を紹介、14曲が「戦没学生のメッセージ~戦争に散った若き音楽学徒たち」というタイトルのCD(制作 ディスク クラシカ ジャパン)に収録されている。

 4人は終戦の年、1945年に亡くなった。

 作曲専攻の鬼頭恭一さんは旧海軍の霞ケ浦航空隊に入り、開発途上のロケット戦闘機「秋水」で飛行訓練中に死亡。ピアノ専攻の葛原守さんは台湾で戦病死した。草川宏さんは童謡「夕焼小焼」で知られる作曲家草川信さんの長男、フィリピンルソン島バギオで戦死。出陣学徒演奏会で作品発表した村野弘二さんはルソン島マニラで終戦を知らされず8月21日に自決したとされる。

 遺稿集「きけ わだつみのこえ」(岩波文庫)など、学徒出陣して亡くなった方々の記録はさまざまなスタイルで残されている。

 美術畑の戦没学生の作品を対象にした長野県上田市の「無言館」(1997年開館)という美術館がある。戦争で亡くなった画学生約130人の作品約700点が収蔵されている。

 音楽学生については譜面の再現に時間がかかり、作曲者の意図を正確に読み込んでいくのに多くの時間を要したという。東京芸術大はウェブ資料館「声聴館」の内容をさらに充実させ、今年も演奏会を行うことを検討している。

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