【MLB】リリーフ、先発で活躍した通算101勝左腕ドン・モッシ氏 功績を振り返る

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インディアンスなどで活躍したドン・モッシ氏(右)【写真:Getty Images】

救援、先発で活躍し通算101勝を挙げたドン・モッシ氏

 7月19日、1950~60年代に救援、先発で活躍し通算101勝を挙げた左腕ドン・モッシ氏が死去した。90歳だった。

 1929年1月11日、カリフォルニア州生まれ。ジェファーソン高校出身。1948年、19歳でクリーブランド・インディアンスとマイナー契約。1949年からマイナーでプレー。出世は早くなかったが1954年の春季キャンプで注目され、この年メジャーデビュー。当初は救援投手として登板。新人ながらクローザーとして起用され、1年目に7セーブを挙げる(当時、セーブは正式の記録ではなくBaseball Referenceのデータによる)。

 この年は、右のレイ・ナレスキもクローザーで使われ13セーブ。名将アル・ロペス監督は左右Wストッパーと、強打者アル・ローゼン、ラリー・ドビーの活躍でこの年のペナントレースを制している。当時のクローザーは1イニングではなく2イニングを投げることが多かった。

 モッシはデビューから3年は左のクローザーとして起用された。1957年には先発に転向し、11勝。前半戦は好調で7勝を挙げ、オールスターにも選ばれる。翌年は再び救援に戻るが、1958年オフにクローザーの同僚だったレイ・ナレスキらとともに、タイガースにトレードされる。この時の交換相手の中には、のちヤンキースなどの監督になるビリー・マーチンがいた。

曲がった鼻と特徴的な風貌から「スフィンクス」というニックネームで愛された

 タイガースに移籍してからは主として先発で起用。移籍1年目の1959年にはキャリアハイの17勝を挙げた。デビュー当初は四球が多かったが、次第にコントロールが良くなり、この時期には制球力が売りとなる。奪三振は少ないが、コーナーを丁寧について打たせて取る投法が光った。またフィールディングが良いことでも知られた。またこの年、ヤンキースに5連勝して「ヤンキーキラー」として名を挙げた。

 モッシは1963年までタイガースで投げるが1964年の春先にホワイトソックスに金銭譲渡される。このオフにホワイトソックスをリリースされ、カンザスシティ・アスレチックスに移籍。ホワイトソックス、ロイヤルズでは救援投手として投げるが、1965年限りで引退した。

 185センチ88キロ。モッシは曲がった鼻と特徴的な風貌から「スフィンクス」というニックネームを持ち、彼のベースボールカードは人気を呼んだ。また耳が大きかったことからチームメイトには「Ears」と呼ばれていた。性格はおとなしく、目立つことを嫌った。

 引退後は野球界から離れる。引退時にはモッシの左腕は曲がったままになっており、モッシの前歴を知らない医師から「子供の頃に交通事故に遭ったのか」と聞かれたという。通算成績は460登板101勝80敗50セーブ、1548回、防御率3.43だった。(広尾晃 / Koh Hiroo)