れいわ新選組は「全員が主人公の映画」である【前編】(畠山理仁)

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山本太郎プロデューサーの勝利

れいわ新選組の参議院議員選挙は、まるで「全員が主人公の映画」だった。
山本太郎が主要な演者の一人であったことは間違いない。しかし、山本の最も重要な役割は「プロデューサー」としての顔だ。
まずは映画の「タイトル」にあたる党名を「れいわ新選組」としたことに驚いた。
山本が「れいわ新選組」の結成を発表したのは4月10日だが、総務省への届出は4月1日だった。これは菅義偉官房長官が新元号「令和」を発表した当日のことである。
日本では、同じ名前や類似の政治団体名を後追いで登録することはできない。山本は誰よりも早く「れいわ」を含む団体名を届け出ることで、新元号にあやかろうとする他の勢力の動きを封じ込めたのだ。
続いて目を引いたのは「キャスティング」だ。山本が自ら説得に乗り出して擁立した9人の候補者たちは、知名度は低くても強烈な個性の持ち主だった。
キャストは一斉に発表されたわけではない。公示日まで小刻みに発表会見が開かれた。擁立に手間取ったことも理由の一つだが、結果として会見に出席する記者は日に日に増えた。「次はあの人か?」「次こそ大物では?」という噂も絶えなかった。
「れいわ新選組」の公認候補者を発表順に列記すると次のようになる。

蓮池透(64歳・元東京電力社員・元北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長)
安冨歩(56歳・“女性装”で知られる東京大学東洋文化研究所教授)
木村英子(54歳・脳性まひを持つ重度障害者・障害者団体役員)
三井義文(62歳・元コンビニオーナー)
野原善正(59歳・沖縄創価学会壮年部)
辻村ちひろ(51歳・環境保護NGO職員)
大西恒樹(55歳・元J.P.モルガン銀行資金部為替ディーラー)
舩後靖彦(61歳・難病ALS患者・全身麻痺ギタリスト)
渡辺てる子(60歳・元派遣労働者・シングルマザー)

名前を見て、「あの人だ」とわかる人は少ない。しかし、山本は「全員が当事者であり専門家だ」と胸を張った。

れいわ新選組の候補者(撮影・畠山理仁)

筆者は山本以外の「仲間」が一人も決まっていない4月の段階で、公認候補予定者の選定基準を山本に聞いている。その時の答えは次のようなものだった。
「当事者で固めたい。隠し玉はありません。政治未経験でも、当事者であるならば十分に仕事をこなせる。非正規、派遣、重度の障害とか、各分野の当事者のグループでいくことが、その道の専門家を揃えることになる」
山本の言わんとすることは理解できた。しかし、日本の選挙では、「ジバン(支援組織)」「カンバン(知名度)」「カバン(選挙資金)」の「三バン」が重要だ。とくに新しい勢力が17日間の選挙期間で勝つためには、どうしても知名度が必要になる。
そもそも、世間に「立候補の事実」を知らせなければ、勝ちはおぼつかない。そのためにも、テレビ・新聞などのマスメディアに取り上げられることは重要だ。「結局は著名人を擁立するのでは?」という疑念は最後まで消えなかった。

信濃町の創価学会本部前で街頭演説を行う野原善正氏(撮影・畠山理仁)

しかし、筆者の予想は完全に外れた。れいわ新選組は「ほぼ無名のキャスト」で参院選に突入した。
筆者は選挙期間中に何度か「テレビは取り上げると思うか」と山本に質問している。そのたびに、山本太郎は同じような答えを繰り返した。
「テレビに取り上げられることは、まったく期待していない」
「経団連に都合の悪いことを言う我々は『放送禁止物体』のようなもの。映すわけがない」
その言葉通り、テレビや新聞は選挙期間中に「れいわ新選組」というムーブメントを全く取り上げなかった。投票が締め切られた時間から放送される「開票特番」で、初めてれいわ新選組の盛り上がりを知った人も多かった。
筆者は山本が取材に訪れたテレビカメラに向かって「みなさんも戦って下さい」と訴える光景も見た。しかし、状況は変化しなかった。テレビは自らが課した「政党要件」という自主規制の枠を破壊できず、れいわ新選組という大きな社会現象を伝えなかったのだ。
選挙後もその存在を無視しようとする公共放送がある。そんな中、れいわ新選組は比例で2議席を獲得した。これはプロデューサーである山本太郎の勝利と言っていいだろう。
この結果は、映画『カメラを止めるな!』の快挙を思い起こさせる。低予算、無名のキャストながらも、口コミで徐々に評判を広げて大ヒットを記録した、あの映画だ。
山本がプロデュースする「れいわ新選組」を世の中に広げたのも、ネットを出発点とする口コミだ。それとあわせて山本太郎が全国各地の演説会場で撒き散らした小さな火種は、いまも世の中で確実に燃え続けている。このままいけば、ロングランも視野に入るだろう。

れいわ新選組はアベンジャーズか

山本は強烈な個性を放つ候補者たちを、アメコミのヒーローがクロスオーバーする映画になぞらえて「アベンジャーズ」と呼んだ。
とりわけ注目を集めたのが、今回当選を果たした難病ALS患者・舩後靖彦と重度障害者・木村英子だ。2人は参議院議員としての任期が続く6年間、民意の代弁者として注目され続ける。もちろん、当選した時点で日本の国会を変えた当事者としても歴史に名を残す。
なにしろ当選からわずか4日間で、「起立採決は介助者の挙手による代理賛否表明」「PCの持ち込み可」「中央玄関にスロープを設置」など、あっという間に参議院でのバリアフリー合意が進んだのだ。2人を特定枠に指定した時点で山本太郎の「勝ち」は見えていた。

この他にも、忘れてはいけない「主人公」がいる。それは、れいわ新選組が各地で開いた演説会を盛り上げてきた支援者たちだ。
新党立ち上げ直後から何度も集会の最前列に駆けつけた人々はもちろん、次々と輪に加わった人たちも欠かすことができない。
テレビや新聞が「政党要件」という自主規制の壁にとらわれて選挙中の動きを報じない中、ネット上の情報をもとに演説会場に集まり、大きな波紋を外に広げていく人たちがいた。だからこそ、れいわ新選組は一つのムーブメントになったのだ。

山本太郎が優れたプロデューサーである理由はキャスティングにとどまらない。参院選全体のムードづくりでも群を抜いていた。
4月10日の新党結成記者会見は、映画の制作費用を募るプレゼンテーションだと考えればわかりやすい。会見者は山本太郎一人。見方によっては、たった一人で大風呂敷を広げるだけの会見にも思えた。実際、会場に足を運んだのは、新党結成を知って駆けつけた一部の支援者と20人たらずの記者たちだけだ。決して注目度が高いとは言えなかった。
しかし、山本はネット中継の向こう側にいる視聴者を強烈に意識していた。小さな会議室で、「消費税廃止」「奨学金チャラ」「最低賃金1500円を政府が補償」「公務員の増員」など、れいわ新選組が掲げる政策をプレゼンテーションし終えたところで、山本は中継のカメラを見据えて視聴者に呼びかけた。
「皆さんから寄付をいただきたい。その寄付の金額によって、参議院議員選挙に何人で挑戦するかを考えていきたい」
ストーリーは出資額によって変わる。予算が集まれば豪華なクライマックス。集まらなければ慎ましやかなエンディング。すべてを決めるのは支援者の広がりだ。

こうしてファンを巻き込んでいく手法は、AKB総選挙にも似ている。支持者は「推しメン(この時点では山本太郎一人)を育てるために自分が頑張って寄付しよう」と考える。誰もが当事者として参加でき、結果を楽しみにする仕組みを山本は用意した。
加えて山本は、街頭演説でも政見放送でも、「あなた」と一人称で呼びかけた。エキストラ感が漂う「皆さん」ではない。寄付者は「当事者」であり、うねりを作る「主人公」だ。日和見の支持者とは気合が違う。当然、政治活動や選挙活動にも一生懸命参加する。その熱が周りを動かし、さらに新たな「主人公」を生んでいく。山本はテレビが選挙期間中に映さないことを想定し、「リアルな当事者意識」で台風の目を大きくしていく手法を取った。
その結果、4月上旬の寄付開始から約3か月で寄付額は4億円を超えた。これが「全員が主人公の映画」の製作資金になった。

キャスティング時点で勝負あり

れいわ新選組・安富歩氏(撮影・畠山理仁)

プロデューサー・山本太郎が永田町に送り込んだ風は他にもある。選挙中には、映画に必要な「ヤマ場」をいくつも用意した。「候補者がどの選挙区で戦うか」をギリギリまで明かさなかったことも戦略の一つだ。
今から6年前、山本は東京選挙区(当時は定数5)で立候補し、66万6千684票の4位で当選を果たした。自身の1議席維持を狙うなら、「定数6」に増えた東京選挙区から出るのが普通だと誰もが考えていた。
ところが公示前日、山本は支援者たちを「あっ」と驚かせる宣言をした。
「山本太郎は東京選挙区から出ません!」
続けて山本は「比例特定枠の1位は舩後靖彦さん、2位は木村英子さん」と発表した。

永田町を50年以上取材してきたカメラマンの堀田喬は、山本が「特定枠」を使うと発表した直後、筆者にこうこぼした。
「まさか『特定枠』を使うとはなぁ!」
堀田が驚くのも無理はない。旧来の永田町で重視されてきた価値観は「自分がいかにして次の選挙で勝つか」だからだ。
現行の選挙制度は複雑なため、山本の作戦が意味するところを簡単に解説する。
参議院比例の選挙は「非拘束名簿式」だ。これは「政党名」と「個人名」での得票総数に応じて、政党ごとに議席数が割り当てられていく制度である。
議席を獲得した党内での当選順位は、個人名での得票が多い順に決まる。しかし、今回からは、政党があらかじめ「優先的に当選人となる順位」を決められる「特定枠」が創設された。個人名での得票数に関係なく、政党が指名した人から優先的に当選する仕組みだ。
もともとは「一票の格差」を是正するために作られた「合区」により、選挙区を失った議員を救済するための制度だ。山本は自民党が中心となって作った「特定枠」制度を逆に利用して、重度身体障害者の2人を優先的に当選させようとしたのだ。
つまり、山本太郎が当選するためには、れいわ新選組が「比例で3議席以上を獲得」しなければならない。山本は独自に行なった事前情勢調査で、2議席が獲得できそうな200万票のラインは突破できると考えていた。それでもあえて自分を「200万票」の外に置く捨て身の作戦を見せることで支持者の奮起を促し、票の上積みを狙ったのだ。
「もののふの やたけごころの ひとすじに 身を捨てこそ うかぶ瀬もあれ」(仮名草子)
そんな歌を思い起こさせるほど、山本の戦略は永田町の常識からかけ離れていた。

(文中敬称略・後編に続く)

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