渾沌(こんとん)の中国、その奥にあるリアル求めて

 「八九六四」で大宅賞 安田峰俊さん

©株式会社全国新聞ネット

第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受けた安田峰俊さん

 八九六四、または単に六四。中国語で、1989年6月4日に起きた天安門事件を意味する言葉だ。民主化と政治改革を求めた学生や市民を共産党が武力弾圧したこの事件は中国の最大のタブーの一つとされる。ルポ作家の安田峰俊さん(37)は、事件に関わりのあった人々の人生をじっくりと聞き取り「八九六四」にまとめた。KADOKAWAから刊行された本書は事件30年となる今年、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。渾沌とした中国の奥深さを追い続けてきた安田さんに話を聞いた。(共同通信=鮎川佳苗)

 ▽埋もれてしまう名もなき人々に迫りたかった

 「一番好きな人物ですか? 姜野飛(ジヤン・イエフエイ)」

 作中に登場する二十数人のうち、ある男性を迷わずに挙げた。「好きというか、一番伝える価値があったのはあの人ですね。放っておいたら歴史に埋もれちゃいますし、今もたぶん(当局に)捕まっているはず。それを書けたのは良かった」

 四川省出身の姜氏は、安田さんが2015年に取材した時点で46歳。学歴も地位も財産も持たず、政治的な後ろ盾もなく、紆余(うよ)曲折をへてタイで亡命生活を送る羽目になった人だ。

 89年の天安門事件当時は、北京以外でも政治改革を求めるデモが起きていた。姜氏の地元・成都でもデモが発生。彼は全財産を差し入れに投じ、運動に加わった。2000年代にはインターネット上で過激な政治的発言をすることにのめり込み、当局に監視される身に。08年、四川大地震の惨状を海外メディアに訴えたため捕まり、拷問された。

 タイへ逃れたが、その後再び中国当局に拘束され、「罪」を認める様子が中国国営メディアで報じられたのを最後に消息が途絶えているという。

 「八九六四」には著名な民主活動家やエリートも登場するが、安田さんは特に「名もなき」市民に肉薄しようとした。姜氏のような存在を「歴史の教科書に大文字で記される事件の中の、大文字では書けない、有名じゃない人」と表現する。

 「彼らは究極の弱者。事件後、弱者が一番貧乏くじを引いて、89年の学生運動に参加した知識人たちよりもある意味では厳しい迫害を受け続けている。その、もの悲しさを伝えたかった」

 デモで叫んだ理想を持ち続ける人がいれば、事件後に政治思想に目覚めた人もいる。「結果的に国が発展したのだから事件の武力弾圧は仕方なかった」と自らを納得させる人もやはりいる。

 「美しい民主化運動を悪い政権が鎮圧した」―。そうした構図を離れ、一人一人の人間くさい姿を描き出そうとしたのだという。

東京都港区の書店に並べられた「八九六四」

 ▽政治はクールじゃない 従順でしらけた中国の若者たち

 今年6月以降、香港では大規模なデモが続き、大きなニュースになっている。中国大陸への容疑者引き渡しを可能にする条例改正の動きに対し、司法の独立や一国二制度を損ねるとして、多くの市民が反対の声を上げた。6月下旬、都内での大宅賞贈呈式であいさつに立った安田さんは、香港で取材をしてきたばかりだった。

 「俺たちが先に(警官隊に)手を出したんだ」と語る若者や、ノンポリなのにデモに駆け付けた中年の男性ら現地で出会った人々を紹介し、こう語った。

 「大きなデモや運動などは、後の世になるほど紋切り型の描き方をされる。でも現場で話を聞くと、それでは拾いきれない変な話や人間くさい話がたくさんあるんです。(犠牲者遺族など)傷を負った人と向き合う際の誠実さは忘れずに、これからもこういう取材を続けていきたい」

「逃亡犯条例」改正案の完全撤回などを求めて、香港の政府本部庁舎前の幹線道路を占拠するデモ隊=6月21日

 安田さんは取材してきた実感から、中国が民主化へ向かう可能性には懐疑的だ。天安門事件の起きた89年、中国の大学生はごく少数の、飛び抜けて優秀なエリートだった。当時、仕事は国が分配するもので、海外を目指す自由もない。「優秀な若者の将来の選択肢が異常に狭かった」ことが、学生らがデモをした背景にあった。しかしこの30年の中国の変化は「若者が声を上げる動機を大きく減じた」とみている。

 「外国へ行ってベンチャービジネスもできるし、体制内に入っても昔よりは楽しく仕事ができる。政治的に異論を申し立てるチャンネルだけがふさがれて、他の選択肢はものすごく広がった」

 加えて、一人っ子政策(16年から廃止)世代の若者は「親の言うことを聞き、ある意味親離れしていない」と分析する。大学へ通い、携帯電話を持ち、恋愛し、ソーシャルゲームに課金し、車を持つ。「そのお金を払う親が『やるな』ということを彼らはやらない。体制に文句を言うような行為はクールじゃない」

 日本の全共闘世代のその後を取り上げた報道に触れ、同じことを天安門事件でやってみようとしたという安田さん。学生運動が挫折し政治への無関心が広がる日本と、近年の中国の若者の従順さとシラケ現象。「八九六四」では、そこに意外な共通点があるかもしれないと指摘している。

取材に応じる安田さん

 ▽中国の現場取材は〝リアルRPG〟

 安田さんは滋賀県東近江市の曹洞宗のお寺に生まれた。中国への関心の原点を尋ねると、こんな答えが返った。「表向きは、小学4年から横山光輝の三国志を読んでいて中国が好きだったから、なんですけど」

 では、本当の理由は? 「3年生くらいの時だったかな。中国の黄河ではブタの皮を膨らませて中に人が入って川を渡ります、とテレビでやっていて『すげえなあ』って。たまに間違えてそのまま流されていきます、とか言うから『えっ、大丈夫なのこの人たち。超面白いじゃん、中国って』と」。後に調べてみると、中に入るのではなくいかだのようにして乗るのだという情報もあったとか。いずれにせよ、その「面白さ」は少年に強い印象を残した。

 歴史や国語が好きで、大学と院で東洋史と中国語を学んだ。中国留学も経験。風水や媽祖(まそ)などの民間信仰、宗族(父系同族集団)という概念、漢文理解など、当時得た東洋史学的な知識は、現代中国を取材する上でも強みだという。

 「ライターや記者になりたかったけれど、なり方がよく分からなかったんですよね。就活で遠くへ行くお金もなくて」。1社だけ受けた新聞社は内定が出ず、新卒後、京都の印刷会社で働いたが面白さを感じられずに約5カ月で辞めた。「ぶらぶらしていてはだめだ」と曹洞宗の研究機関に入ったものの、ライターへの夢は断ち難く、仕事をしながらネットで募集情報を探してコンビニ雑誌に無記名で載る文章などを書く〝下積み〟生活を続けた。

 「有名な版元や、自分の名前が載る文章なんて夢のまた夢」。自分の力を試したいと運営していた、中国語のネット掲示板を翻訳・解説するブログが話題となり、編集者に見いだされ、10年に最初の本を出した。

 日本のロールプレーイングゲーム(RPG)全盛期世代に育った安田さん。「中国の現地取材はリアルRPG感がすごいんですよ」と目を輝かせる。思いもよらない出会いやわずかな手掛かりからネタをたぐり寄せる面白さを「ボスを倒して帰ってくるみたいでしょ」と例えてみせた。

 贈呈式直前。安田さんに連絡を取ると、中越国境の街の写真が通信アプリ・微信(ウェイシン)で送られてきた。取材で訪問中らしい。うらやましいと返すと「くるしい」との返事。現地住民の案内で乗った地元の夜行バスに酔ったという。「面白い」を追い求め、中国だけでなくアフリカや東南アジアも飛び回り、ハードな取材もこなす。著書の題名のように、次はどんな「さいはて」を描き出すのだろうか。

   ×   ×   ×

 安田峰俊(やすだ・みねとし) 1982年生まれ。「八九六四」で城山三郎賞、大宅壮一ノンフィクション賞。上海で活動する日本人「やくざ」のインタビュー、亡命した中国知識人の逃亡記の編訳、中国のラブドール事情など、硬軟問わずさまざまなテーマを取り上げてきた。著書に「さいはての中国」「性と欲望の中国」など。立命館大人文科学研究所客員協力研究員。