“異端”の躍進、がん治療に変革もたらすウイルス療法薬

ウイルスは病気を引き起こす厄介な存在ですが、その感染・増殖力を逆手に取り、がんを叩く薬剤が開発されています。それが、がんウイルス療法薬です。

最近まで製薬業界でも「異端」扱いされていましたが、昨今、その高い治療効果に注目が集まり、大手製薬会社によるベンチャー企業の買収や導入が目立ちます。この分野では日本のベンチャー企業も健闘しています。つい最近も、提携の発表で株式市場を賑わせました。


提携の発表で株価が急騰

バイオベンチャーのオンコリスバイオファーマは4月8日、ウイルス製剤「テロメライシン」に関する中外製薬との提携を発表しました。テロメライシンは、アデノウイルスを利用したがんウイルス療法薬です。この発表でオンコリスの株価は急騰し、4日間で倍近くの水準にまで上昇しました。

がんウイルス療法薬は、正常細胞ではほとんど増殖せず、がん細胞で高い増殖能を示すウイルスを利用した抗がん剤です。日本人の多くが感染しているヘルペスウイルスや、風邪の原因として知られるアデノウイルスなどが使われます。

ヘルペスウイルスは免疫力が下がった時以外は症状が現れることはありません。アデノウイルスは発熱などを引き起こす程度ですが、これらを利用したウイルス療法薬は、がん細胞内で増殖し、がん細胞を破壊します。

すでに承認された新薬も

ウイルスでがんを叩くというアイデアは、けっして新しいものではありません。1900年代初めには、狂犬病ワクチンを投与したがん患者の腫瘍が縮小したり、麻疹(はしか)ウイルスに感染したがん患者の病状が良くなったりしたことなどが報告されました。

1950~1960年代には、欧米でさまざまなウイルスを用いた研究が行われました。しかし、当時はウイルスの病原性を制御する方法がなく、治療法として確立できませんでした。

これを打破したのが遺伝子工学技術です。特に1990年代になってからの進歩が目覚ましく、遺伝子操作により安全性が高く、がん細胞を破壊する能力の高いウイルスなどが開発されました。その結果、2015年に米アムジェンのヘルペスウイルスを利用したウイルス製剤「IMLYGIC」が先進国で初めて承認されるなど、開発が飛躍的に進展しています。

臨床試験の数は増加傾向にあり、2010年末には世界で30件程度でしたが、2019年7月24日現在で90件を超えています。

東大、岡山大などで臨床試験

最近は、良好な治療成績の事例が増え、開発が一段と活発化しています。日本では東京大学で、脳腫瘍の患者を対象に「G47Δ(デルタ)」というヘルペスウイルスを利用した治験が行われました。

中間解析では、治療開始後1年生存率が92.3%と既存治療の15%を大きく上回りました。また、岡山大学では食道がんを対象としたテロメライシンの放射線併用による臨床研究が行われ、61.5%の患者のがんが消失するなどの結果が報告されました。

ウイルス療法はがんに対する免疫を高めることも分かり、「ヤーボイ」や「オプジーボ」などの免疫チェックポイント阻害剤との併用も期待されています。免疫チェックポイント阻害剤とは、がんが免疫を抑え込む仕組みを解除する薬剤です。これに、がんウイルス療法薬が高めた免疫の力を加え、より強力にがんを叩くという戦略です。

その効果を裏付けるデータは、いくつか報告されています。タカラバイオのヘルペスウイルスを利用した腫瘍溶解性ウイルス「C-REV」もその一つです。米国で悪性黒色腫(メラノーマ)の患者を対象にした臨床試験では、がん細胞が縮小、消滅した人はヤーボイだけでは2割程度ですが、C-REVとの併用で41%に高まりました。

注目される日本のベンチャー企業は

先進国で承認されているがんウイルス療法薬は、先述のIMLYGICのみです。使用領域もメラノーマに限られますので、現在の市場は数億円と推測されます。

しかし、今後、承認品目の増加や対象疾患の広がり、免疫チェックポイント阻害剤との併用などにより、市場の拡大が見込まれます。現在の開発品をもとに試算すると、2028年頃には6,000億円を超える見通しです。

一方、開発企業は限られ、世界でもベンチャー企業を中心に20社程度にすぎません。そうした中で、大手製薬会社の関心は高く、ベンチャー企業の買収や開発品の導入が活発化しています。

幸い日本には、こうした“異端”技術に積極的に取り組む企業が複数存在します。代表はタカラバイオ(証券コード:4974)とオンコリスバイオファーマ(4588)です。

これらは、がんウイルス療法薬の開発や提携ですでに実績を上げていますが、今後の開発の進展次第で一段の飛躍が期待できるでしょう。

また、今後の可能性のある企業として、アイロムグループ(2372)もあげられます。遺伝子治療で使うセンダイウイルスベクターを持ち、これを応用して、がんウイルス療法薬の研究も進めています。

<文:企業調査部 山崎清一>

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