中尾浩之(『ブルバスター』原作担当/ 映画監督、脚本家、演出家)

運命的なめぐりあわせ

――素晴らしいメンバーで作られている『ブルバスター』。最初に企画の成り立ちを伺えますか。

中尾:2006年に『昭和ダイナマイト』という短編作品をつくったんです。その作品も“経済的に正しい”ロボットヒーロー物語なんですけど、それをずっと寝かしていて、ちょこちょこ動かしていく中、キャラクターデザインを窪之内(英策)さんに描いてもらえることになり再始動しました。

――ここまで会社事情がリアルに盛り込まれているロボットものはないので、新鮮でした。

中尾:そうみたいですね。この作品に触れていただいた方からはよく『機動警察パトレイバー』や『地球防衛企業ダイ・ガード』という名前が出るんですが僕は読んだり見たりしたことがなくて。

――そうなんですか。

中尾:『機動戦士ガンダム』くらいまでで、その前の『ゲッターロボ』や『超者ライディーン』も小学生の頃は見ていましたけど、山田太一さんや向田邦子さんのようなホームドラマが好きで、『ブルバスター』はああいうアプローチから入っていったんです。

――確かにこの作品も人間ドラマに重きを置いていますね。いまはドラマやアニメでも企業ものが増えてきて、世間が求めているジャンルですね。

中尾:リアル方向に向いていますよね。

――これだけ練りこまれた企画を最初に同人誌で出すという形にしたのは何故ですか。

中尾:窪之内さんたちと雑談していく中でどんどん内容が膨らんでいって、「先に設定資料集作るのもありだよね」と盛り上がったので、漫画もアニメもないけど一回コンセプトブックにまとめてみようと。そこから転がっていけばいいなと考えていたら、KADOKAWAさんにお声掛けいただけて、わりととんとん拍子に小説化まで進んでいきました。

――形にしたからこそですね。

中尾:はい、やってよかったです。

――舞台のモデルとなっている北九州工業地帯は観光地でもありますね。そういう面でも目の付け所が違うなと感じました。

中尾:僕は東京出身なので、最初は大田区や川崎など関東近郊を舞台として考えていたんです。でもあの辺りは島がないので、架空の島を出そうかと考えていたころに北九州の方とご縁があって、お誘いを受けて見に行ったところ、まさにこの物語にふさわしい場所だと思ったんです。運命的なめぐりあわせですね。今やすっかり北九州の虜になっています。

人間の思いも紐づいてくる

――作品からもその気持ちが伝わってきます。仮に関東が舞台だったとしても島を出す予定だったとのことですが、それはなぜですか。

中尾:巨獣が島以外の場所で出ると、話が大きくなって警察や自衛隊の話になってしまうなと。この作品では企業ものとして、人間の心の機微や日常の中における葛藤を描きたかったんです。我々は普段の生活の中だと小さなことの積み重ねで悩んだり喜んだりしているじゃないですか。

――そうですね。

中尾:でも、そこは怪獣ものやロボットものではドラマとして描かれているものが少なくて。その小さな日常の積み重ねをドラマとして描きたいな、と前から思っていたんです。

――だからこそ余計に心に刺さります。沖野(鉄郎)が情報漏洩でトラブルになるところは、私も似た経験をしたことがあったので、読んでいてつらかったです(笑)。

中尾:同じ経験が(笑)。まさにそういう部分を描きたいなと思ったんです。仕事を失敗して、落ち込んだり悩んだりすることっていっぱいあるじゃないですか。昔のドラマはその部分を描くことが多くて、僕はそういった作品が好きなんです。

――本当に物語が地続きになっていて、経理の片岡(金太郎)とのやり取りもわかるなって。

中尾:どんなヒーローだって交通費を精算しているはずだ、そこを描くのも面白いんじゃないかと思っていたんです。勤務シフトもあるでしょうし(笑)。裏側に悲喜こもごもがあるだろうなと。

――そうですね。作中でも出ている資金調達の面は特に大変ですよね。

中尾:仕事は経済的なものとくっついているものですよね。“経済的に正しく”描くことで人間の思いも紐づいてくると思うんです。

――そうですね。主人公たちの働く波止工業は社員全体の志が高いので、いい会社だなと思いました。

中尾:ありがとうございます。

それぞれの視点で楽しんでいただければ

――物語としても第1巻の最後に生け捕りにした巨獣は今後どうなるのかというのも気になり、SF・サスペンス作品としても素晴らしいです。

中尾:経済的に正しい物語や人間ドラマを、といってもアクションやサスペンスを軽んじることはしたくないので、高島(雄哉)さんに相談して最新の生物学的なことから膨らませて設定を盛り込んでいます。

――同人誌として制作されたコンセプトブックも細かいところまで作られていて重厚な作り方ですね。

中尾:専門的な部分は高島さん、出雲重機さんに助けて頂いてます。とはいえ、まだまだ書ききれていない部分もあるので楽しみにしてください。

――小説を読むと細かいところではコンセプトブックから変わっている部分もありますね。

中尾:最初は社長の田島(鋼二)を主人公に考えていたので、その名残もあるのだと思います。小説化にあたって編集担当と相談していく中で、小説のターゲットに合わせるのであれば新入社員の沖野の目線がいいんじゃないかということで、今の形になりました。

――年齢層で共感できる部分が変わりますからね。

中尾:新入社員として会社に入った時の感覚なんかも一緒に体験してもらえるといいなと思っています。それとこれから各キャラのドラマを描く中で田島目線の物語も書いていければいいなと。なんで離婚してしまったかとか…。

――突っ走る人なので、田島と結婚するのは大変だと思います。

中尾:(笑)。会社ではその部分を経理の片岡が冷静に舵取りしています。そのため、作中だと嫌なキャラになってしまっていますけど。

――私は読んで好きになったのは片岡です。一番いい人だなって感じました。

中尾:そういっていただけると嬉しいです。片岡の人となりも書いていくので楽しみにしてください。

――おじさんが活躍する作品ですね。

中尾:企画をご相談した時に、そこを窪之内(英策)さんも気に入っていただけて。読者のなかには田島・片岡の気持ちに共感できるという方もいると思うのでその視点からも楽しんでもらえるといいですね。

――今は大人もアニメを見る時代ですから、おじさんが活躍してくれればいいのにと考えている人は多いと思います。私もその一人です。

中尾:そういっていただけると勇気が出ます。沖野の年齢を当初の19歳設定から21歳に引き上げたのもその考えからです。

――とはいえ、沖野は天才ですね。精神面は年相応のまだまだ鼻っ柱の強い若手ですが。

中尾:若いころは、みんななんでもできると過信して突っ走ってしまいますよね。そこは若さのいい部分でもあるかなと思います。まあ、能力の高さはややフィクションもこみですが。

――リアルになりすぎると物語として楽しめないですから大丈夫です。

中尾:そうですね。適度に折り合いをつけながら進めています。ロボットに関して言うと2足歩行をどうするかという葛藤もあったんです。リアルを追求すると果たして足が必要なのか? と(笑)。

――やっぱりあったんですか。

中尾:そこはロボットものの理想ということで(笑)。

――夢は必要です(笑)。リアルを突き詰めるとドローンの遠隔操作になりドラマがないですから。

中尾:ロボットは今、発表している2体とも顔を付けずに重機を踏襲するリアリティのあるデザインになっています。出雲さんの手腕で素晴らしい形に仕上げていただきました。

――このゴツさいいですよ。男の子はいつの時代も重機好きなので大丈夫です。出雲さんや高島さんへのアプローチは正解です。この名前を連ねている皆さんも層々たるメンバーですが、どういう経緯でお声掛けしたんですか。

中尾:出雲さんは別作品でプロデューサーがご一緒した時のご縁がありまして、ほかの方は個々にオファーさせていただきました。

――あまりロボットのイメージのない窪之内さんに頼まれたのはなぜでしょうか。

中尾:『ツルモク独身寮』などの作品を拝見して感じた人間の細かな機微を描ける部分ですね。表情1つとっても、リアルで素晴らしく、なんといってもおじさんキャラがとても魅力的ですから。

――窪之内さんの描くおじさん・おばさんは魅力的ですよね。

中尾:そうなんです。窪之内さんのアイデアから広がった部分はかなりあって、蟹江(のぶ代)も最初おじさんの予定だったんですけど、いただいたおばさんver.があまりにも魅力的で変更しました。

――やり手の二代目女社長、パワフルでかっこいいおばちゃんというのが作品にも合っていていいですよ。

中尾:ありがとうございます。窪之内さんのおかげです!

――他のキャラもみんな魅力的で、沖野もこれからまだまだ掘り下げていく形に。

中尾:そうですね。次巻では新キャラの鉛(修一)も出てきていろいろとかき回してくれます。

――やっと登場ですか。第2巻を楽しみにしています。

中尾::今後の展開にはいろいろと案があります。沖野にも後輩ができてくるでしょうから、そんな物語も。

――沖野の成長を一緒に追いかけていけるのもいいですね。

中尾:そうなんです。読者の方の年齢によって、それぞれの視点で楽しんでいただければと考えています。

――これから夏コミやロフトのイベント、第2巻発売と大忙しですね。

中尾:地道に草の根活動的に動いてます(笑)。少しずつでいいのでファンの方がついてくれればいいなと思っています。

――いい作品はちゃんと見つけてもらえますから大丈夫です。ロフトのお客さんはしっかりと作りこんでいる作品が好きな方が多いので、刺さる作品だと思います。

中尾:そうなってもらえると嬉しいですね。あとはドラマ好きの方にも刺さってもらえると嬉しいですね。物語はまだ序章で、キャラクターも沢山いて、まだ描けていないことも沢山あるので、長いスパンで彼らと一緒に人生を歩むつもりで楽しんでくれたらなと。小説もそうですがゆくゆくは映像化もしたいと考えています、皆さんの応援があってこそ続けられるのでよろしくお願いします。

中尾浩之プロフィール

実写とCGを組み合わせた独自のスタイル“ライブメーション”による「スチーム係⻑」が '98年MTVStation-IDコンテストにてグランプリを受賞。'00年カンヌ広告祭におけるニューディレクターズショーケースで世界の新人監督8人に選出される。'04年オリジナルショートフィルム「ZERO」がアカデミー賞登⻯門でもあるSHORTSHORTS FILMFESTIVALにてグランプリ/審査員賞/学生審査員賞をトリプル受賞。'09年監督・脚本を手がけた「タイムスクープハンター」がNHK総合にて放送開始。以後6年に渡りSeason1~6が放送される。'13年夏には「劇場版タイムスクープハンター安土城 最後の1日」が公開。近作にシンドラ「卒業バカメンタリー」監督、TVアニメ「スペースバグ」監督・脚本など。最新監督作、シンドラ「簡単なお仕事です。に応募してみた」は毎週月曜深夜24:59より日本テレビにて放送中。

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