【コラム】残り2分で大荒れの鈴鹿8耐。混乱を招いた赤旗のタイミングとレギュレーション

 レース終盤になってカワサキ、ヤマハ、ホンダのファクトリー(ワークス)チームが激しいバトルを繰り広げ、素晴らしいレースとなった2019“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース。暫定表彰式の頂点に立って喜びを爆発させたのはYAMAHA FACTORY RACING TEAMだったが、その後リザルトが変更され、最終的にはKawasaki Racing Team Suzuka 8Hが優勝となった。

 赤旗でレース終了となり、チェッカーフラッグは掲出されず、レース終了後も結果が変更されるなど、混沌とした幕切れだったが、7月29日(月)、鈴鹿サーキットは、正式結果発表とともに決勝レース順位結果変更に関する過程を発表した。これをあらためてふり返る。

■カワサキの転倒前にあった赤旗の要因

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■鈴鹿サーキット発表の時系列

※日付および(1)~(8)の番号は編集部が振った。項目(8)は編集部が記載した。

(1)7月28日(日)19:28
#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hがターン5で転倒。

(2)7月28日(日)19:28
FIM Race Directorが赤旗の提示を決定。この時点での赤旗提示におり“レースが終了した”と判断。

(3)7月28日(日)19:40頃
暫定結果として、計時モニターにて総合順位を発表。(以下1位~3位までを抜粋)
1st #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
2nd #33 Red Bull Honda
3rd #1 F.C.C. TSR Honda France

なおFIM Endurance World Championship and Cup Regulations 1.22.5に基づき、”レースが終了”して以降、5分以内にフィニッシュラインを通過しなければならないという規則が存在するため、転倒後フィニッシュラインを通過できなかった#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hは順位認定から除外。

(4)7月28日(日)19:50頃
この時点での暫定結果に基づき、暫定表彰式を実施。

(5)7月28日(日)20:10
決勝レースの暫定結果表を発行。(以下1位~3位までを抜粋)
1st #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
2nd #33 Red Bull Honda
3rd #1 F.C.C. TSR Honda France

(6)7月28日(日)20:35
#10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hからの暫定結果に対する抗議を受理。

(7)7月28日(日)21:35
抗議を受け、FIM Race Directionにおいて赤旗の運用規則を再度厳密に精査し、FIM Endurance World Championship and Cup Regulations 1.23.1に定められた赤旗中断時の規則を適用し、”赤旗提示の1周前(216周)の順位を結果として採用する”という規則に則り、暫定結果を変更。(以下1位~4位までを抜粋)
1st #10 Kawasaki Racing Team Suzuka 8H
2nd #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
3rd #33 Red Bull Honda
4th #1 F.C.C. TSR Honda France

(8)7月29日(月)16:17
レース後の車検終了を受け、正式結果を発表。

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 最初に強調したいのは、(1)~(2)の前段階として無視できない事態があったということだ。それは19時24分頃に発生したSuzuki Endurance Racing Team(以下、S.E.R.T.)のエンジンブローだ。

Suzuki Endurance Racing Teamはレース終了まで残り数分というところでエンジンブローした。

 その10分ほど前、19時14分頃に同チームがピットインした際、マシンのマフラーからは炎が上がっていた。燃調が濃いなどの条件次第では同様の現象が見られる場合もあり、ピットアウト時にはほぼ消えていたようにも見えたため、エンジントラブルの予兆だったのかは定かではない。

 だが事実として、ピットアウトして10分ほど経ったメインストレートエンド付近で、S.E.R.T.のスズキGSX-R1000Rは激しく白煙を上げた。

 S.E.R.T.のマシンはいったんはコースアウトしたものの、再びコース上を走行。S字コーナーでマシンを止めた。レースは残り5分。オイルが噴出していたことはほぼ間違いない状況で、降雨があったこともあり、路面は極めて滑りやすかったと思われる。

 このアクシデントにより、即時オイル旗が提示されたものの、赤旗やセーフティカーは導入されず、レースは続行。

 その直後、いったんはKawasaki Racing Team Suzuka 8H(このとき走行していたのはジョナサン・レイ)も現場を無事に通過している。19時30分のレース終了まで残り2分を切ってコントロールラインを通過し、事実上のファイナルラップとなった次の周回のS字コーナーで、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hは転倒を喫し、その数秒後に赤旗が掲示された。

サーキットのビジョンに映し出されたジョナサン・レイの転倒シーン

 時系列で整理すると以下のようになる。

19:14 ピットインしたS.E.R.T.のマフラーから炎が確認される。19:24 S.E.R.T.がストレートエンドで白煙を上げる。オイル旗提示。S.E.R.T.は30秒ほどコース上を走行。19:28 Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hが転倒。赤旗提示され、そのままレース終了。

 19時28分時点での赤旗提示の理由は不明だ(レースディレクションには赤旗提示の理由について説明義務がないとされているようだ)。Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hより先、19時25分過ぎにHonda Suzuka Racing TeamがS字コーナー付近で転倒しており、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hと併せて複数台の転倒を危険とみなしたことが赤旗の提示理由かもしれない。

 だが、前後数分間でもっとも危険性が高かったのは、S.E.R.T.のマシンが白煙を噴きながらコース上を走行していた時だということは間違いない。オイル旗は提示されていたが、結果から言えば、より迅速に赤旗提示もしくはセーフティカー導入を決断すべきだった。

 白煙が上がった後、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hも1度は現場を通過していることからも、19時28分に発生したレイの転倒がオイルによるものかどうか、正確には分からない。ただ、Honda Suzuka Racing Teamがほぼ同じ場所で転倒していること、そしてあの白煙の上がり方からすると、相当量のオイルが撒かれているものと考えられるのが妥当だ。

Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hのジョナサン・レイの転倒により赤旗で終了となった2019年の鈴鹿8耐

 19時28分にレイが転倒した際には、わずか数秒後に赤旗が提示された。その迅速さにはやや不自然さもある。Honda Suzuka Racing Teamの転倒、あるいはさらに遡って白煙が上がったことに対して赤旗を提示しようとしていたところに、偶然、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hの転倒があった可能性も否めない。

 いずれにしても問題視すべきなのは、19時28分に提示された赤旗よりも、白煙が上がった19時24分の時点でいち早く赤旗提示もしくはセーフティーカー導入が行われなかったことである。

 本記事においては、S.E.R.T.の行動について批判するつもりはない。ライダーがあれほど盛大な白煙を確認し、オイル噴出の可能性を感知したなら、速やかにコースアウトしてマシンを止めるべきだったのではないだろうか。

 だが、S.E.R.T.にとっては世界耐久選手権(EWC)のチャンピオンが目前の最終戦、しかもチーム監督引退レースの終了間際という状況だった。そこでトラブルが発生したら、ライダーが「どうにか走り切りたい」と思ってもおかしくはない。

 これは大変な誤りであり、ライダーを責めることは容易だ。しかしこういったヒューマンエラーが起こり得る可能性も考慮しながら、迅速かつ最適な対処方法を繰り出すことが今後のレースには必要になる。

■暫定優勝がヤマハからカワサキに変わった理由

 さて、(3)と(7)のどちらを採択するかで、暫定優勝はYAMAHA FACTORY RACING TEAMか、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hかに分かれた。

 最初、レースディレクションは(3)にあるEWC規則書 1.22.5(レース終了時の規則)を根拠として、YAMAHA FACTORY RACING TEAMが暫定優勝と判断。その結果に対するKawasaki Racing Team Suzuka 8Hの抗議を受けると、今度は(7)にあるEWC規則書1.23.1(赤旗中断時の規則)に則り、Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hを暫定優勝とした(後に車検を経て正式結果に)。これは、「レースがどのように終了したと判断するか」という解釈の問題だ。

暫定表彰式の様子

 EWC規則書 1.22は、レース終了とリザルトについて規定する項目だが、1.22.2には「指定された周回数またはレース時間が終了すると、先頭車両はチェッカーフラッグを掲出される。チェッカーフラッグはその後のライダーにも掲示され続ける」とある。

 また、別項1.19.1には「チェッカーフラッグはレースまたはプラクティスの終了を示すために振られる」と記載されている。つまり、1.22.2と1.19.1のふたつを組み合わせて理解すると、「指定された周回数またはレース時間が終了した先頭車両がチェッカーフラッグを掲出された時点で、レース終了」ということになる。回りくどい言い回しではあるが、レースではごく当然のことだ。

(3)で挙げられている1.22.5は、レース終了後に完走扱いになるための条件で、「a)優勝者がこなした周回数の75%を周回していること。b)優勝者に続き5分以内にコース上のフィニッシュラインを通過していること」とあるのだが、今回の争点になったのは b)の箇所だ。

 最初、レースディレクションは1.22.5に基づきKawasaki Racing Team Suzuka 8Hを完走扱いにしなかった。だがこの項は、チェッカーフラッグが提示されてレースが終了した場合に即して記載されている。

 今回は赤旗中断の状態でレースが終了し、チェッカーフラッグは提示されなかった。つまり(ルール上の定義としては)優勝者なしでレース終了となったため、「優勝者に続き5分以内に……」の適用は矛盾が生じる。Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hの異議申し立ては極めて的確だったと言える。

 一方の、赤旗について。モータースポーツにおける赤旗は、原則としてレース中断を意味し、レース終了を意味しない。赤旗の提示によってレースは中断され、その後、次の段階として再開するか、終了するかが判断される。

 EWC規則書1.23は、レース中断について記載されている。少し長くなるが、1.23.1には「レースディレクションが気候条件またはその他の何らかの理由でレース中断を決定した場合、フィニッシュラインとすべてのマーシャルのポストに赤旗が提示され、コースに設けられた赤いライトが点灯される。ライダーはただちに減速して、車両保管のためにピットレーンに戻らなければならない」とある。

 続けて、「リザルトは、赤旗が表示される直前に先頭ライダーならびに先頭ライダーと同一周回のすべてのライダーがフル周回を終えた時点のものが適用される」と記されている。

台風6号の影響によるコンディション悪化によりフリー走行は中止になった。

 赤旗で中断されたレースの再開または中断の判断基準は記されていない。ケース・バイ・ケースでレースディレクションが決めるようだ。ただし、リザルトとはレース終了時点で確定するものだから、赤旗の規定直後にリザルトについて記してあるということは、赤旗中断後のレースが再開できないと判断され、レース終了となるケースも少なくない、という理解だろう。

 7月28日(土)に行われた鈴鹿4時間耐久ロードレースは、残り1時間20分ほどで赤旗中断され、その後、おそらくは天候の回復が見込めないという理由により、終了となったのだろう。「赤旗終了」ではなく、「赤旗中断、その後、終了」という手順である。

 鈴鹿8耐も、このパターンに類似している。再開せず終了となった理由は、8時間というレース規定時間に達したからだと思われる。であれば、(7)にある「1.23.1に定められた赤旗中断時の規則を適用」が妥当だ。Kawasaki Racing Team Suzuka 8Hの抗議により、非常にクリアなリザルトとなった。

■争点となった“5分ルール”

 なお、今回のケースでは“5分ルール”が取り沙汰された。

 赤旗に関し、MotoGP規則書(1.25.1)には「赤旗掲示から5分以内にマシンに乗ってピットレーンに入らず、指定された計測ポイントを通過しなかったライダーは、非完走扱いとなる」とある。

 また、スーパーバイク世界選手権(SBK)の規則書1.27.4には「赤旗掲示後に再スタートの資格を得るには、掲示から5分以内にライダーはバイクに乗るか押すかしてピットレーンに戻らなければならない」と明記されている。

 だが、EWC規則書にはこういった内容の事項は掲載されていない。EWCレギュレーションのもとで行われる鈴鹿8耐では、赤旗に関する“5分ルール”は無関係だ。

赤旗終了後、パルクフェルメに並べられたマシン

 実際、(3)において、最初の暫定結果は赤旗に関する“5分ルール”ではなく、1.22.5に示される完走に関する“5分ルール”が根拠だ、とされている。

 だが一方で、(7)の暫定結果変更発表の際、レースディレクションは冒頭で「レースディレクションは、赤旗から5分以内に全ライダーがピットレーンに入ってきた段階のリザルトをもってレース終了、と考えた。これはFIMのすべての世界選手権の見解だ」と説明しているのだ。

優勝会見に行われたレースディレクションによる説明

 もしこの説明が正確だとすれば、MotoGPやSBKの規則書に記載されており、EWC規則書には記載されていない、赤旗に関する“5分ルール”が誤運用された可能性も否めない。

 また繰り返しになるが、赤旗に関する“5分ルール”はEWC規則書には記載されていないので、「FIMのすべての世界選手権の見解です」が、何を指しているのか不明確である。

「何をもってレース終了とするか」は、当然のことながらリザルトを決定するうえで極めて重要な事柄だ。赤旗中断を経てレースが終了する場合も多々あるのだから、レースディレクションの言葉通り、FIMはすべての世界選手権に共通するルールを策定するべきだろう。

 例えば今回、S.E.R.T.が白煙を上げた時点で赤旗中断となり、その後レース終了となった場合、EWC規則に則れば、赤旗1周前の順位をリザルトとするため、S.E.R.T.は完走扱いとなり、EWCチャンピオンになっただろう。

 こういった事態を不公平と見て、MotoGPとSBKには赤旗に関する“5分ルール”が定められたのだ。EWCにおいても同様に適用されて然るべきだ。

 近年の鈴鹿8耐は“スプリント耐久”とも称される。耐久レースとは思えないほどのハイペースで、ごくわずかなタイム差を最後の最後まで競い続け、最終ラップまで緊迫したレースが展開する。だからこそレースディレクションには、明確な根拠に基づいた、より迅速かつ精密な判断に期待したい。

鈴鹿8耐の風物詩である花火

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