戦時下の障害者虐殺 アウシュビッツ視察 「負の歴史語り継がねば」 くまもと障害者労働センター代表・倉田哲也さんに聞く

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アウシュビッツ強制収容所まで人々を運んだ汽車と写る倉田哲也さん(平田洋介さん提供)
アウシュビッツ強制収容所の、多くの収容者が銃殺された「死の壁」前で祈る倉田哲也さん(平田洋介さん提供)

 第2次世界大戦中、約600万人のユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツ。優生思想の下で実施した「安楽死政策」では、20万人もの障害者が犠牲になったとされる。6月下旬にホロコースト(大量虐殺)の舞台となったアウシュビッツ強制収容所などを訪ねた、くまもと障害者労働センター代表の倉田哲也さん(52)=熊本市=に思いなどを聞いた。

 脳性まひによる言語と両腕の障害があり、携帯電話の操作や車の運転などは全て足でこなす倉田さんは、「歴史を正しく知るため、直接目にするようにしている」と話す。

 これまで国立ハンセン病療養所菊池恵楓園(合志市)や水俣病資料館(水俣市)に加え、2016年に19人が刺殺された神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」にも足を運んだ。

 かつて社会にとって「無用なもの」として、無数の障害者の命が奪われたドイツも訪れたかった場所だという。「ホロコーストの語り手である当事者が少なくなる今、自分が学んで広く伝えていきたい」と語る。

 アウシュビッツ強制収容所は1940年、ナチス・ドイツが当時占領していたポーランドに開設した。ホロコーストに使われた強制収容所としては最大規模で、45年の解放までに少なくとも110万人が殺害された。

 収容所跡には、人々がすし詰めにされた寝床や、労働力にならないと見なされた女性や子ども、障害者らが送られたガス室などがそのまま保存されている。「悲しみより怒りを覚えた。障害者らが当たり前のように殺害されていた事実がとてもショックだった」と振り返る。

 ナチスによる人権迫害の教訓から、ドイツの憲法は民主主義や自由主義を否定する思想を認めておらず、「ホロコーストの事実は無かった」と歴史を否定することも違法になる。収容所跡の外にも、強制連行されたユダヤ人らの氏名や生年、殺害された年などを記した金属プレートが道に埋められており、「負の遺産」は至る所に残されている。

 倉田さんは「ドイツの姿勢はとても評価できる。国が正面から間違いを認め、負の歴史を語り継がないといけない」と強調。視察した内容は、学校などで講演を開いて伝えていくという。

 一方、日本では、知的障害や精神疾患などを理由に強制不妊手術を認めた旧優生保護法(1948~96年)が戦後も長く存在した。子どもや家族を持つことができなかった被害者への一時金320万円の支給を盛り込んだ救済法が国会で4月に成立したばかりだ。

 「障害者が受けた被害は、周りが声を上げないと分かりにくい。人権が軽く見られている気がする」と危ぐする倉田さん。「自分の国が被害者だったことだけでなく、加害者となった問題も伝えていかないといけない。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも」と力を込めた。(文化生活部・深川杏樹)

(2019年8月1日付 熊本日日新聞朝刊掲載)