妊婦も殺すワイロ漬け医療…「金正恩命令」も効かず

北朝鮮では国家機関や朝鮮労働党の幹部らが権力を笠に着て、庶民からなけなしのカネを搾り取り、私腹を肥やす腐敗が横行している。金正恩党委員長はこうした不正腐敗を厳しく取り締まる姿勢を見せているが、それほどの効果を見せていない。こうした不正腐敗は医療現場にも及んでいる。

北朝鮮は、かつては無償医療を誇っていたが、1990年代に「苦難の行軍」といわれる深刻な食糧危機に見舞われ完全に崩壊した。

北朝鮮と国交がある英国外務省が2015年7月に発表した「北朝鮮の医療施設と医師のリスト」という4ページの資料によると、北朝鮮の医療施設は劣悪で、衛生水準は基準以下だと指摘。病院には麻酔薬がない場合がしばしばあるため、北朝鮮での手術はできる限り避けることや、即時帰国するように勧告している。実際、麻酔なしで手術を受けたことのある脱北者は、壮絶な体験について語っている。

医療崩壊という現実のなかで、現場の医師たちは献身的に診療に携わっていたが、国から出る雀の涙ほどの給料に頼っていては、生きていくこともままならない。結果、ベテランで優秀な医者たちは、自宅で民間診療所を開き、経済的に余裕のある特権階級幹部やトンジュ(金主)を顧客に医療活動を続けている。北朝鮮で最大規模を誇る産婦人科医院「平壌産院」は、特権階層や富裕層しか利用できなくなってしまった。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると6月、平壌産院を訪れた妊婦が適切な治療を受けられず死亡。北朝鮮当局は同産院の不正実態を集中的に調査し、産婦人科医6人を電撃解任したと伝えた。RFAの情報筋によると、船橋(ソンギョ)区域に住んでいた妊婦が出産を控えて呼吸困難に陥り、平壌産院を訪れた。しかし、ワイロをわたすことができず、控室に追い出され呼吸が停止し、胎児と一緒に死亡したというのだ。

北朝鮮では社会のあらゆる場面でワイロが必要となるが、これこそ最も極端な例と言えるかもしれない。


妊婦の死亡に対して、平壌産院は船橋区域の産婦人科で妊婦の健康異常を早期に正常検診せず対策も立てていなかったからだと責任を回避しようとした。死亡した妊婦の遺族は、平壌産院で適切に治療していたら絶対に死んでいなかったと抗議したが、受け入れられなかった。

北朝鮮当局が自画自賛する平壌産院で、「お金がないという理由」で治療を受けられなかったという噂は住民の間で広まった。当局は医師らのクビを切ることによって住民の不満を抑えようとしたが、医療当局に対する恨みは収まることがないようだ。

平壌在住のRFAの情報筋は、「平壌市大同江(テドンガン)区域の文殊(ムンス)に位置する平壌産院は、2000年代以前から平壌女性の初出産や三つ子、双子を身ごもった地方在住の女性達が無償で出産できる『幸せのゆりかご』と呼ばれていた」と語る。しかし、医療崩壊の現実のなかで、金正恩時代に入ってからは一部の特権階級しか利用できなくなった。一般の女性が出産するには無条件にワイロを渡さなければならない。

「平壌産院で産婦人科医として働く親しい友人の家に行ったことがある。どれほどワイロをもらったのか、家具から外車まで所有しており、生活水準は党中央の職員よりも生活水準が相当高くて驚いた」(平壌の情報筋)

医療現場に限らず北朝鮮の不正腐敗の根は深い。金正恩氏はよほど本腰を入れて不正腐敗の根絶に取り組まない限り、今回のような痛ましい事故は再び起こりうるだろう。

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