核軍縮前進「私の責務」 広島、長崎の被爆者念頭 NPT再検討会議のグロッシ議長

インタビューに答える在ウィーン国際機関アルゼンチン政府代表部のラファエル・グロッシ大使(共同)

 来春の核拡散防止条約(NPT)再検討会議議長を務める在ウィーン国際機関アルゼンチン政府代表部のラファエル・グロッシ大使(58)が、ウィーンで共同通信のインタビューに応じた。核超大国の米国とロシアの対立など厳しい情勢を認めた上で、被爆者らが高齢化していることを念頭に、核軍縮への明確な前進を示すのが「私の責務だ」とし、最大限の成果を目指し「あらゆる方策を尽くす」と語った。(ウィーン共同=土屋豪志)

 ▽被爆地を指標に

 グロッシ氏は、「核の番人」と言われる国際原子力機関(IAEA)の事務局幹部や化学兵器禁止機関(OPCW)など、軍備管理・軍縮を専門としてきた外交官。アルゼンチン外務省入省間もない1986年には、国連軍縮特別総会(78年)で設置が決まった研修プログラムで広島、長崎を訪問した。被爆者との面会や現地での体験が「決して消えない指標を心に刻んだ」と話し、軍縮に携わった三十数年間、常に判断のよりどころとしてきたと述べた。

 グロッシ氏は訪問時に聞いた被爆証言について「忘れようもない。罪なき人々が、あまりにも圧倒的な破壊にさらされた」被爆の惨状が伝わってきたと述べ、「われわれの中にある人道性を呼び覚まさずにいなかった」と振り返った。年内にも被爆地を再訪するため日程を調整中だ。

 また、核兵器開発が引き起こす、市民の「途方もない苦しみ」も自らの目で見てきたと強調。イランやイラク、北朝鮮など任務で訪れた国々の名を挙げ、「国民は教育を受けられず、満足な食事もなく、子どもたちは素足で道を歩いていた」と指摘。人々の困窮の解消に向けて「核」と向き合っていく姿勢を示した。

 ▽分析と調整

 来年4~5月にニューヨークの国連本部で開かれる再検討会議は、NPTが発効50年を迎える重要な節目の会議となる。だが、核軍縮進展の道を開いた中距離核戦力(INF)廃棄条約の失効など米ロ対立の深刻化、イラン核合意を巡る危機、北朝鮮非核化の停滞など核軍縮・不拡散は非常に厳しい状況に陥っている。

 INFの失効についてグロッシ氏は「懸念するが、核兵器の戦略面で米ロ間の新たな対話もある。全てが一様に悪化に向かっているわけではない」と説明した。1年半前にはイラン核合意は順調で、米国と北朝鮮の緊張は高まっていたが、現状は逆転しているとし、移り変わる大局の情勢を見つつ、個別の課題を分析しアプローチするバランスが必要と語った。

 その上で、「進展しそうにない課題、進展するとまでは言えないが、より望みのある課題がある」と指摘。「再検討会議には野心的な目標を掲げ、成果を上げる決意を持って臨む」と語り、現段階では目標を固定せず、最大の成果を目指し直前まで各国と調整を継続してゆく考えを示した。

2020年のNPT再検討会議の議長に選出された、アルゼンチンのラファエル・グロッシ氏=5月8日、米ニューヨークの国連本部(共同)

 ▽核禁止条約

 核軍縮の停滞に不満を抱く非核保有国は、2017年に核兵器使用や保有を違法とする核兵器禁止条約を制定、米英仏ロ中の核保有五大国、日本や北大西洋条約機構(NATO)諸国など米国の核の傘の下にある国々と対立している。

 グロッシ氏は、核禁止条約はNPTを補強すると評価する一方で、再検討会議では「議論しない」と明言。NPT第6条は核保有国による核軍縮を定めているが、核兵器の禁止はNPTとは別の規範だとし、「再検討会議で厳しい議論をしても(核兵器禁止賛成派と反対派)双方とも得るものはない」と指摘した。

 一方、NPTの根幹を成す条項を順守する合意はつくれるはずとして、第6条の議論を徹底することを通じ、核軍縮推進に尽力すると強調した。

 ▽現状を直視

 NPT再検討会議をにらみ、核軍縮を軽視するトランプ米政権は安全保障と両立する軍縮を主張している。7月初旬には「核軍縮のための環境創出(CEND)」と称する枠組みの国際会議を首都ワシントンで開催、ロシアや中国、日本を含む45カ国近くが参加した。核軍縮推進派からは、核軍縮を進めない口実づくりとの批判や、米国は核保有国による「核廃絶への明確な約束」など過去の再検討会議の合意事項を無効化しようとしているとの懸念が上がる。

 CENDについてグロッシ氏は、「米国が核軍縮について自身の意見をはっきり述べていることを、むしろ評価したい」と述べた。核軍縮推進派の国からも「率直な議論は信頼醸成につながる」などと同様の声が漏れており、核軍縮前進の展望が乏しい現実を直視、進展への道を模索するのが現状となっている。

 グロッシ氏は「再検討会議の失敗は、国際社会の平和と安定に資するはずがなく、NPT体制の腐食も誰の利益にもならない」と述べ、NPT維持と強化へ向けた合意形成に尽力する考えを示した。「対立が深まった時こそNPTを維持することが重要。法的規範を強化しなければならない」と力を込めた。

 グロッシ氏は8月3日、7月に死去したIAEAの天野之弥事務局長の後任となる次期事務局長選への立候補を正式表明した。事務局長候補と再検討会議議長双方の立場で各国と折衝を続ける方針だ。

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