「人の無意識を刺激する」 清塚信也さん 16日に武道館でライブ

清塚信也さん

 ドイツ語で「小川」の意味を持つバッハを「小川さん」と呼ぶ。年間100回以上行うコンサートでは、子どもでも理解できるエピソードで和ませ、「それでは小川さんの曲を弾きます」と鍵盤に向かう。スッと息を吸い込むと、笑いに包まれていた空気は一転。流麗な調べが、会場を感動で満たしていく。音楽の父らが五線譜に刻んだ思い。その魂を現代につなげ、時代を行き来させることが、自分の役割だと感じている。

 5歳でピアノを始めた。中学時代は母に「人間はいつか、ずっと眠ることになるのだから、今は練習しなさい」と言われ、1日12時間の演奏が日課だった。

 「人生はピアノ」。現存する世界最古の国際コンクール「ショパン国際ピアノコンクール」で優勝するため、青春の全てをささげた。曲が生まれた背景やショパンの生涯を学び、「僕自身がショパンだ」と思い込むほど。22歳で夢の舞台へ出場を果たすと、「1番になるための演奏ではなく、たくさんの人に“僕の”音楽を届けたい」とコンクールから引退した。

 プロ奏者としてゼロからのスタート。人気ドラマ「のだめカンタービレ」でピアノ演奏の吹き替えを担当し、躍進。同「コウノドリ」ではピアノテーマを監修するなど、活躍の場を広げた。

 16日には、日本人の男性クラシック・ピアニストとして初めて、日本武道館で単独公演「KENBANまつり」を開催。小田和正やコブクロらのツアーを支える精鋭ミュージシャンらと、10年来の夢だったというインストバンドを結成。ライブを前にミニアルバム「SEEDING」を共同制作した。

 ジャジャジャジャーンとおなじみのテーマで始まる1曲目の「Dearest“B”」は、ベートーベン交響曲第5番「運命」をモチーフにした。「来年生誕250年を迎える楽聖が、(18世紀に作った)自分の曲を聴いたら『古いな』と言うと思う。常に革新的だったベートーベンは、ロック」。そのイメージを、信頼する仲間と即興で膨らませた。躍動するピアノ。絡み付くバイオリン、ギター、ベース音は追い風となり、大きな渦に。「音で会話をする瞬間は至高」と、飛び散る汗が見えるような、令和版「運命」の仕上がりに手応えを感じている。

 「人の無意識を刺激するのが僕の仕事」。学んだ美学を、自分のフィルターを通し昇華する。さまざまな種類の種をまくことで、音楽の花を咲かせ続けたいと願っている。

====

▼きよづか・しんや ピアニスト、俳優。1982年東京都生まれ。中村紘子、セルゲイ・ドレンスキーに師事。5歳でピアノを始め、96年に「全日本学生音楽コンクール・中学校の部」で優勝。98年に東京交響楽団との共演でデビュー。2000年の「第1回ショパン国際ピアノコンクール・イン・アジア」で第1位になるなど、数々のコンクールに出場し実績を重ねた。06年以降は人気ドラマ「のだめカンタービレ」の吹き替え演奏、同「コウノドリ」でピアノテーマの監修や俳優出演も果たした。横浜市神奈川区で暮らした時期もあり、「横浜音祭り2016」にも出演。最新アルバムは「SEEDING」(2700円、ユニバーサル)。日本武道館での「KENBANまつり」は、8月16日午後6時から。4歳以上はチケットが必要。スタンド席は7500円。

▼記者の一言 横浜の街が好きで「みなとみらい」という曲を作ろうと考えたことがあったそう。ぜひ、聴いてみたい。野毛にある尾島商店の焼き豚は「ご飯にもお酒にも合う」と太鼓判。買いに行かなくては。親しくしているプロ野球横浜DeNAベイスターズの宮崎敏郎選手を応援するため、ハマスタでビールを片手に、野球観戦することもあるという。「(埼玉西武)ライオンズファンだから、交流戦は行かないけど」。どんな話題でもヒットを打ってくる、引き出しの多さと、時々出てくる“毒”が、魅力的だ。

© 株式会社神奈川新聞社