【世界から】ドイツで大人気の「ゼクト」とは?

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パーティにゼクトは欠かせない(C)Deutsches Weininstitut

 ドイツ、といえば、そう「ビール大国」だ。しかし、祝杯として飲まれるのはもっぱら「ゼクト(Sekt)」と呼ばれるスパークリングワインだ。誕生日や結婚記念日、クリスマスや大みそかなど、いかなるパーティーもゼクトがなければ始まらないと言っていい。

 ドイツ人のスパークリングワイン消費量は世界一で、2018年の統計では標準的な750ミリリットルボトルに換算して年間3億7000万本にも上る。全世界でのスパークリングワイン生産量は推定で約20億本だから5分の1近くがドイツで消費されている計算となる。

▼高品質なのはわずか数パーセント

 17年の暮れに、業界で権威ある英国のワイン専門誌「デカンター」が「最もエキサイティングなスパークリングワイン」と言う特集を組み、世界各地の55ポンド(日本円で約7100円)以下のスパークリングワインを評価したところ、ドイツ・ファルツ地方にあるフォン・ブール醸造所のゼクト「レセルヴ」が93点を獲得。173本中6位にランクインし、話題になった。

 この「レセルヴ」は、シャンパンと同様の伝統製法、つまり瓶の中で泡を発生させる「瓶内2次発酵法」で造られた「ヴィンツァー・ゼクト」。ちなみに、ヴィンツァーとは醸造家のことだ。シャルドネとピノ・ブランのブレンドで、価格は16.90ユーロ(同約2000円)。造り手が、長年にわたりシャンパン・メゾンの名門「ボランジェ」で醸造責任者を務めていたフランス人、マシュー・カウフマンだったことも相まって、これまで話題にもならなかった「ゼクト」が国外の重要なメディアで脚光を浴びたのである。

 ドイツ国内で生産されているゼクトの本数は、およそ3億5000万本だ。その95%以上が、フランスやイタリアなどから輸入した安価なベース・ワインをブレンドし、大型タンクで2次発酵を行う、〝工業製品〟的なゼクトで、1本4ユーロ(同約480円)くらいで買える。それに対し、「ヴィンツァー・ゼクト」を含む国産のベース・ワインを使用したゼクトの生産本数は1200万本程度しかなく、これはゼクトの総生産本数のわずか3・5%程度だ。統計上の数字はないが、「ヴィンツァー・ゼクト」はゼクトの総生産本数の1~1・5%ほどではないかと推測される。

▼「ヴィンツァー・ゼクト」がブーム

 今日「ヴィンツァー・ゼクト」は、品質の良さとおいしさ、リーズナブルな価格で、注目を集め、シャンパン・ファンにも好評だ。産地ごとに違う気候や風土に加え、醸造家のスタイルが色濃く反映されていることも飲み手に感銘を与える。ドイツでは、1980年代から自社の畑で栽培したブドウを使い、伝統製法で醸造する「ヴィンツァー・ゼクト」が造られているが、これまでの蓄積がようやく成果となって現れてきたようだ。

 「デカンター」誌の評価が引き金になったのか、以降、国内メディアも「ヴィンツァー・ゼクト」を盛んに取り上げている。ドイツワインのマーケティング会社「ドイツ・ワインインスティトゥート」も、ここ数年「ヴィンツァー・ゼクト」のプロモーションに力を入れている。2015年からは、伝統製法で造られた国内産ゼクトだけを対象とするコンクールも毎年行われるようになった。

ボトルの中で発酵を行う「2次発酵」が終わった段階のボトル(C)Deutsches Weininstitut

▼ドイツ人、シャンパン産業に貢献

 シャンパンが登場したのは18世紀だ。フランス革命が起きた18世紀末から19世紀前半にかけて、多くのドイツ人が当時の先進国フランスに移住し、シャンパン・メゾンにも勤務した。商才にたけ、複数の言語を駆使することができたドイツ商人は、輸出に積極的なシャンパン業界で重宝された。

 やがてドイツの商人や醸造家の中に、独立して自らのメゾンを立ち上げる人物が現れるようになった。シャンパン・メゾンに、エドシックやボランジェ、ドゥーツ、クリュッグ、マムなど、ドイツ系の名前が多いのはそのためだ。当時、フランスのランス在住だった米国領事は「ドイツ人が関与しないシャンパン・メゾンはほとんど存在しなかった」と述べている。

 19世紀の始めにシャンパン・メゾン、ヴーヴ・クリコ・フォルノー社(今日のヴーヴ・クリコ・ポンサルダン社)に就職したドイツ人、ゲオルグ・クリスチャン=ケスラーは共同経営者になるほど出世した。彼は後に故国に戻ると、1826年にドイツ初となるゼクト醸造所「G.C.ケスラー社」を創業する。すると、ほどなくしてドイツにゼクト醸造所の起業ブームが起こった。シャンパンとゼクトは、かくも密接な関係にあった。

▼シャンパンに近づく

 ドイツのゼクトと言えば、ベース・ワインにリースリングを用いるのが主流だった。しかし、「ヴィンツァー・ゼクト」はシャンパンと同様にシャルドネやピノ・ノワール、ムニエなども使用している。味わいもブリュット(いわゆる辛口)で、瓶内2次発酵した後に酵母とともに長期間寝かせることで、酵母由来のブリオッシュのような香ばしい風味が生かされた、シャンパンらしいものが増えている。

 ただし、シャンパンと「ヴィンツァー・ゼクト」は細かい点で規定が異なる。シャンパンの生産者と交流があり、情報交換をしている造り手などは、シャンパンの規定に厳密に従った「ヴィンツァー・ゼクト」を生産している場合もあるが、造り手に教えてもらわなければ、わからない。

▼名前はどうなる?

 「ゼクト」という名称は、ドイツ人にとって、タンク醸造された安価なスパークリングワインを連想させる。業界では「ヴィンツァー・ゼクト」という言葉は十分知られているものの、まだ一般的とは言えない。品質面ではシャンパンに引けを取らなくなってきている伝統製法の高品質のゼクトを、どう名付ければ良いのか、関係者も頭をひねっている段階だ。

 ラインラント・ファルツ州立ブドウ栽培・ワイン醸造研究所の教育機関「ワインキャンパス・ノイシュタット」のウルリヒ・フィッシャー教授は、ドイツのプレミアム・ゼクトが世界的名声を得るためには、定義の見直しと名称の再検討が必要だと語る。

 かつてはドイツだけでなく、スペインや米国でもスパークリングワインのことをシャンパンと称していた。ところが、第1次世界大戦後の1919年に締結されたヴェルサイユ講和条約で、ドイツ製品にフランス名を使用することが禁じられた。その後、36年にはシャンパンの原産地統制名称が規定され、まもなく発足した「シャンパーニュ委員会」が名称保護を徹底させた。結果、今日ではシャンパーニュ地方で製造されたシャンパンしか、シャンパンと名乗れない。

 現在、伝統製法のスパークリングワインは、フランス各地とルクセンブルクなどで造られたものは「クレマン」、スペインのそれを「カバ」、南アフリカ産を「メトード・カップ・クラシック(MCC)」と呼ぶ。一方、イタリアの「フランチャコルタ」は、シャンパンのように地域名をブランド化できた一例だ。ドイツでもクレマンという名称は使えるが、なかなか普及しない。

 「ヴィンツァー・ゼクト」という名称が定着するのか、新名称が登場するのか、関係者の間で熱い議論が交わされている。(ハンブルク在住ジャーナリスト、岩本順子=共同通信特約)

ゼクト業界に新風を巻き起こしたフランス人のマシュー・カウフマンさん(C)Weingut Reichrat von Buhl