伊坂幸太郎が『クジラアタマの王様』で試みた、読者を楽しませる二重三重の"仕掛け"とは?

2019年7月、 芥川賞・直木賞の発表、 および人気作家たちの刊行ラッシュで、 書店の文芸コーナーが沸き立つ中、 数々の書店でランキング1位を取得している伊坂幸太郎の最新書き下ろし長篇小説『クジラアタマの王様』。 発売後、 SNSや読書サイト上では絶賛の声が多く寄せられ、 その反響を受けてたちまち重版が決まった。

本作は、 伊坂が10年近く前から試みてみたかったという“ある仕掛け”が盛り込まれている。 その斬新な工夫方法に絶賛の声が上がっているのだが、 その仕掛けとは「絵を効果的に使う」こと。 ひとつの世界では製菓会社の社員が見舞われる現実的なトラブルを小説で描き、 もうひとつの世界では巨獣たちと戦う戦士たちの活劇を幻想的な雰囲気の絵で描いている。

絵は日本的な漫画とも、 いわゆる挿絵とも異なった体裁で、 小説の中のピースとして補完しながら、 絵もまた独立したストーリーが進んでいく構造。これにより、 読者はまるでふたつのストーリーを追うかのように、 目まぐるしくそれぞれが展開する。

絵の内容や構成は伊坂が考え、 それをイラストレーターの川口澄子さんが絵として立体化。 一切の言葉や効果音のない静かなトーンの中、 不穏に傾いていく“異界”の様子は、 読者に自由な想像を駆り立て、 ふだん小説に馴染みのない方でもすうっと読み心地よく世界観に入れる。 “もうひとつの世界”で重要な役割を果たしているのが、 実在の鳥・ハシビロコウ。 「動かない鳥」として知られ、 謎めいた雰囲気のハシビロコウ。 大きなくちばしとつぶらな瞳でファンが急増中のこの鳥が、 果たしてどのように伊坂作品に登場するのか。 ハシビロコウを魅力たっぷりに描いた伊坂がこの鳥を登場させた経緯について、 「ハシビロコウの持つ洋風とも和風ともとれる雰囲気が、 この世界をナビゲートするのにぴったりだと思って」と言っているとおり、 ただ者ならぬ役割を担う。きっとあなたも、 本書を読んだ後はハシビロコウを見に行きたくなること請け合いだ。

かたや小説パートは、 現実の社会を鋭くとらえたエンターテインメント。 今回は、 死神も殺し屋も反社会的勢力も登場しません。 これは伊坂作品としては珍しいケースで、 ストーリーづくりにも、 伊坂の苦労と工夫がちりばめられている。

異物混入事件、 謝罪会見、 停電、 錯綜する情報、 過熱報道、 パンデミック……。 誰もが「こうなったら嫌だな」「こんな世の中になったら怖いな」といった不安を、 伊坂がフィクションとして切り取り、 何の変哲もない一般人である主人公がそれらの危機に立ち向かっていく。 巻き起こる出来事が誰にでも起こりうるものだからこそ、 読み手は共感し、 深くストーリーに没入できる。

小説と絵、 このふたつのアプローチがどのようにしてひとつのストーリーとして収斂していくのか。そこは伊坂幸太郎、 これでもかと工夫を凝らし、 鮮やかに回収される伏線とラストに向かってどんどん加速していく展開は、 まさに伊坂作品の真骨頂。 読後感の心地よさは「爽快」のひと言に尽きる。伊坂ファンも、 伊坂作品初心者の皆さんも、 ぜひ手に取ってこの新たな読書体験を楽しんでみてほしい。

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