77人の"店主"が「シェアする書店」はどのようにして誕生したのか

東京・三鷹にある無人古本屋「BOOK ROAD」は店員なし、施錠なし、24時間営業という変わった業態ながら、お客さんが絶えず訪れる人気書店です。その「BOOK ROAD」のオーナー、中西功(なかにし・こう)さんが、今度は、吉祥寺に有人の書店を立ち上げました。地上3階、地下1階からなる「バツヨンビル」と呼ばれる建物の地下1階に出来たその本屋さん、その名も「ブックマンション」。「BOOK ROAD」では、田舎にある野菜の無人販売所を本でやったらどうなるだろうというコンセプトで始めたという中西さんですが、今度のコンセプトは、「シェア」だといいます。その仕組みとは、いったいどんなものなのでしょうか。話を聞いてきました。


1店舗に77人の”書店主”

――今度は、無人に続いて有人で本屋を始めると聞いて、やってきました。そして、コンセプトが「シェア」だということも聞きました。まずは、そのあたりから説明していただけますか。

まず、「ブックマンション」は、小さな本屋さんが集まってひとつの本屋さんを形成している、集合体です。大きな「ブックマンション」という看板の下に、小さな本屋さんが空間をシェアしているんです。現在、 78棚を77人の方に利用いただいています。借り主は、クラウドファンディングで棚を借りる権利に支援いただいた方々です。用意した棚はすべて埋まってしまったので、待っていただいている方もいます。

ブックマンションには、それぞれの棚の店主がセレクトした個性的な本が並ぶ。「複数人でひとつの棚を借りたり、大学の教授や、出版社の方なんかも借りられています」

借り主がそれぞれの屋号を持って、小さな本屋さんになり、自分の好きな本を置いて、値付けもしていただいて販売するという仕組みです。その代わり、ひと月あたり3,850円の利用料を払っていただきます。また、1冊売れると100円をもらいます。簡単に言うと、仕組みはそうなります。1冊100円の課金に関しては、お金儲けというよりは、値付けが10円になるような雑多な本を置いてほしくないという気持ちがあるからなんです。課金することで、わりと高価というか、思い入れのあるいい本を置いてもらえると思うんです。そうすることによって、棚全体のクオリティが上がる効果を期待しています。これが棚の「シェア」です。

また、もう一つは、運営の「シェア」です。棚を借りている人に、定期的にお店番をしてもらおうと思っています。今は、開店したばかりなので僕がいったん立ってやっています。

書店員になりたい人って潜在的に多いと思うんです。本好きなら、なおさらです。その職業体験というと大げさですけど、体験してみることって、結構楽しいと思って、提案しました。また、店員をしているときは、自分が作った雑貨とかも販売できます。それも、面白いんじゃないかと。

――地下1階は、本屋さんで、上の3階(1階はコーヒースタンド、2階は喫茶スペース、3階はイベントスペース)は、本屋ではないとのことですが、全部シェア本棚にするという選択肢はなかったんですか?

あまりに多く本棚を置いたり、人を入れることで「空間が薄まってしまう」のが嫌だったんです。大量に募集をしたら、あんまり興味のない人も混じってくるかもしれない。そうなると、来たお客さんが棚を見て「こんなもんだよね」って思われちゃう。それを避けたかったんです。

元料理店だったビルを改装してオープンした。壁塗りなどは、有志によるDIYで行われた(筆者もペンキを塗りにいきました)

でも、家に帰ったら奥さんに収益はどうなのって現実的なことを言われ、まあ、棚を増やせばそれだけ収益は増えるわけですけど、そこはもう、僕は、夢を語る(笑)。これからも、本の品揃えどうなの?とか色々言われると思うんですけど、これはこれで 書店をつくる際のひとつの選択肢の提案として試行錯誤しながらやっていきたいと思っています。経営は、正直赤字なんですけど、これから黒字に頑張ってもっていきたいです。

お客さんはコミュニケーションを求めている

――「シェア」については、わかりました! では、今回、無人から人と運営し、店頭にも立つ有人になったことによって、何か、感覚の違いってあったりしますか?

まだ始めてからそんなに経っていませんが、お客さんは、コミュニケーションを求めているんだなって思いました。昨日もふらっと近所の成蹊大学の女子大生が来たんですけど、最初は、イヤホンをしていたので、そっとしてたんです。でも、イヤホンをとったので、ふいに「どうやってこの本屋さんを知ったんですか?」って聞いたら、「工事をしているときから気になってて来ました」って。結局、それから1時間半くらいいて。僕の息子もいて、ポケモンをしていたので、ずっとポケモンの話をしたり。最後は、ノートに、ひと言書いてもらって。ほかには、静岡のほうからわざわざ来て、ずっと話し込んで長く滞在してくれた人もいます。

現在、まだ棚の準備ができていないスペースには、中西さん所有の本が置かれている。「楽天」のバリバリのビジネスマンだった中西さんだが、意外にビジネス書が少ない。

そう考えると、買い物って、単に買うだけじゃなくて、会話とかそれに付随するものを求めているんだなって。必ずしも利便性や即時性だけを追求しなくてもいいんだなって思いました。個人店の場合は、そこが売りになるんだろうなと。また、「BOOK ROAD」はひとりで運営しているんですけど、今回は、複数人で運営しています。有人っていうのも、有るという「有人」ではなくて、一緒にやっている人たちとの距離感が凄く縮まっていて、「友人」販売というほうがしっくり来る感じがします。

アマゾン対策は考えたことはない

――書店ビジネスが厳しいなかで、この業界に飛び込むのに勇気は入りませんでしたか?

本を読む人というのは、いつの時代にも絶対いるじゃないですか。本好きも。マーケットがちゃんとあるのでそこは心配してませんでした。ないところから作れって言われたら、困ってましたけど。そのなかでも、単に本を売るんじゃなくて、独特なコミュニティを作って、そのコミュニティのファンの人に来てもらえる店にしようと思っています。そこがうまくいけば、来てもらえるんじゃないかと思っています。

レジ後ろにあるわたがし製造機は、本を買うと体験することができる。「僕がほしかったんです(笑)」と中西さん。

そもそもブックマンションに来て、ほしい本がピンポイントで手に入るということって絶対ないと思うんです。なんとなくこれいいかもと本棚を探索して、この仕組みに共感して買ってくれたりする人がほとんどだと思います。アマゾン対策などは考える必要がないですし、大規模書店のように品揃えのよさは最初から考えていないんです。だから、書店経営については、難しいと思ったことがないですね。

なぜ書店経営を難しくないと思えるようになったかというと、2013年から続けてきた無人古本屋の経験なんです。「BOOK ROAD」には、自分がほしいと思ったおそらく本はないはずなんです。でもわざわざ三鷹駅に降りて15分かけて訪ねてきてるということもあって、何か1冊は買ってくれていると思うんです。富士山に登ったらせっかくだし600円でもカップヌードル食べるみたいな感じで。そこまでして、来てもらえるような、愛される本屋になればいいんです。同様に、「ブックマンション」も、そうなる仕組みを強化する必要がある。

中央集権ではなく分散型

――なるほど。では、「ブックマンション」が愛される書店になるにはどうすればよいと思いますか?

僕らの書店は、何か凄い強力なこれというものはないんです。でも、棚を借りていただいている77の借り主のみなさんには、それぞれがコミュニティを作ってくださいと言っているんです。一人ひとりの力は、小さいけれど、各自がSNSなどで発信して、独自のコミュニティを作っていけば、小さな力が大きくなって、伝播していくと思うんです。今までだと、Aさんという人が、凄いリーダーシップを持って、本にも詳しくて、全体を設計して、選書してという本屋が強かったと思うんですが、僕らの本屋はそういうトップダウンではなくて、ボトムアップ、中央集権じゃなくて、分散型。そのほうが、思いが伝わると思うんです。例えると、ひとりの力持ちが、物を持ち上げるよりも、77人の普通の人がやるほうが、楽に持ち上げられますよね。そんなふうに、広げていければと思っています。

© 株式会社マネーフォワード