上野千鶴子さんの祝辞の狙い、今考えてみた

 社会にノイズをたてる意味

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東大の入学式で祝辞を述べる、名誉教授で社会学者の上野千鶴子さん

 4月12日、東京大学の入学式で、日本のフェミニズムの先駆者で社会学者の上野千鶴子(うえの・ちづこ)さんが述べた祝辞は大きな反響を呼んだ。SNS上では直後から称賛と批判の両方が飛び交い、炎上状態に。10分ほどのスピーチが、大学の枠を飛び出してあれほど議論の的になったのはなぜだろうか。少し静かになった今、もう一度考えてみた。(共同通信=三浦ともみ)

 議論になった2点を整理するとこうだ。

 ①社会に依然として存在する女性差別を指摘したこと

 女子や浪人生が不当に低い点数を付けられ不合格とされた医学部不正入試問題のほか、東大でも学生や教員の女性比率が低いことに触れた。

 ②東大の新入生が「頑張ったら報われる」と思えるのは「努力の成果ではなく、環境のおかげ」と断言したこと

 世の中には頑張っても報われない人、頑張る前から意欲をくじかれる人もいるとし「あなたたちの頑張りを、自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と能力を、恵まれない人々を助けるために使ってください」と呼び掛けた。

イベントで東大生と語り合う上野千鶴子さん(中央)

 ▽受け取った東大生の反応

 入学式から約2カ月後の6月中旬、東大駒場キャンパスの一室で、現役の東大生らと上野さんが語り合うイベントが開かれた。東大生によるネットメディア「UmeeT」が主催。応募者約120人から異なる意見を持つ15人を選んだ。台湾などからの留学生もいた。そこでの発言を紹介する。

 博士課程1年の女性 感動した。環境と自分のやりたいことがマッチしていれば頑張れるけど、そうではないと頑張れないということが祝辞で一番言いたかったのでは。男女の切り口だとそれが伝わらず、対立してしまう。研究者として尊敬する男性の先輩からは、祝辞を非難されて悲しかった。

 学部4年の男性 周囲の友人から「努力で東大に入った」と聞かされることが多くある。でも、頑張ろうと思えることそのものも無意識に社会構造で決められているという点に触れられていて、感動した。

 学部1年の男性 自分の思想を述べるために祝辞を利用していると感じた。それが炎上の理由では。

 修士課程1年の女性 「東大男子は合コンでモテるが、女子は自分が東大と言いにくい」という部分など、古いステレオタイプではないか。

 学部1年の女性 勇気をもらえた。でも2%のもやもやがある。東大生だから、お金持ちに生まれたからというのは、必ずしも自分のせいではない。恵まれているから甘えてはダメというのは、ある人にとってはプレッシャーになるのでは。

 これら学生たちの意見に、上野さんはこう応じた。

 「自己利益を追求してはいけないとは言わない。ただ、恵まれた環境の人には余力がある。君たちは同一性の高い集団しか知らないと思うけれど、世間には、頑張ることができない環境にある人がたくさんいる」。約2時間のイベント終了後も、参加者は上野さんを囲み、熱心に話し込んでいた。

 ▽識者の声は?

NPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典さん

 ポイント②に出てきた「恵まれない人への支援」について、実際に支援に携わる人たちはどう受け止めたのだろうか。ホームレスら生活困窮者を支援するさいたま市のNPO法人「ほっとプラス」代表理事の藤田孝典(ふじた・たかのり)さんに話を聞いてみた。

 「極めて当然で、まっとうなことを言った祝辞ではないですか」。

 ではなぜ「当然なこと」を東大新入生に言わなければならなかったのか。藤田さんはこう説明する。

 まず背景に、この20~30年間に国民の所得格差が拡大したことがある。親の所得の高さと子どもの学力が比例し、高所得の家庭の子どもが塾などに通い、さまざまな教育機会を保障される。一方、貧困家庭の子どもには基礎学力すら十分に身に付いていない人もいる。貧困は世代間で連鎖し、格差が固定化しつつある。

 そのうえで、東大生は「子どもの頃から私立校に通うなど、学力や家庭環境について同質性の高い集団で過ごしてきた人も多い。そのため、見える社会の範囲が狭く、勉強できない環境にある人を『努力しない人』と思っている可能性がある」と指摘。「上野さんは長年、社会のタブーと闘ってきた人。祝辞でも、男性中心主義や学歴偏重、努力至上主義など社会に存在する問題を明らかにしたことは画期的だ」と評価する。

 ただ、違和感も残ったという。「支援の現場では『助けてやろう』という人間は続きません。弱い立場にある方のおかげで自分が救われたこともたくさんあった。『共に助け合う』という視点を打ち出してほしかった」

 貧困問題をテーマに、執筆などの活動を続ける作家の雨宮処凛(あまみや・かりん)さんにも聞いた。

作家の雨宮処凛さん

 「東大に合格して喜ばしい新入生にとっては、祝辞は冷や水を浴びせられたように感じる内容かもしれない。でも、今の社会状況から言わざるを得なかったのでは」とみる。「人間の価値が経済的な生産性で判断されるかのような言動が社会に蔓延している」

 雨宮さんの話を聞いて思い浮かぶのは2016年に知的障害者施設で障害者ら45人が殺傷された事件だ。逮捕、起訴された被告は「障害者は生きていてもしょうがない」などと発言したとされる。擁護する声もSNS上に相次いだ。自民党の杉田水脈(すぎた・みお)衆院議員が昨年、性的少数者(LGBTなど)は「生産性がない」との見解を明らかにしたことも議論を呼んだ。

 雨宮さんは「祝辞は、東大出身者が多い官僚や政治家ら、社会で指導的立場にある人たちへのメッセージでもあるのではないか」と分析する。

 一方で、雨宮さんも藤田さんと同じような疑問を抱いていた。「東大生が上位にあり、下位の恵まれない人を助ける、とも聞こえる。言われた方は気分がいいでしょう。でも、『恵まれない人』が聞いたらイラッとするでしょうね」。

 ▽ノイズをたてる

 合コン、月経用品…読み返してみると、入学式で述べたとは思えない言葉の数々が目につき、異例の祝辞だと改めて感じる。組織を批判するような発言を抑え、上司の意向をくみ取って行動する「忖度」という言葉が流行する現代に、これだけ直球で問題提起する意図を聞きたくなった。改めて上野さんにインタビューを申し込んだが「祝辞の内容が全て」と断られた。そのため、ここからはイベントでの発言を基に考えてみる。
 
 前出の東大のイベントで、上野さんは、入学式に呼ばれた理由を、昨年発覚した医学部不正入試問題や、性暴力被害を告発する世界的な運動「#Metoo」の広がりが伏線となったのではないかと、大学側の意図を推測していた。

 東大から祝辞の内容の指示はなかったが「一定の役割を期待され、私はそれに応えた」という。

 さらに、イベントの参加者から、ネットでの炎上を念頭に「内容が素直に伝わらず、祝辞によって逆に男女の分断が進んでしまったのでは」と問われ、こう答えた。

 「じゃあ言わない方が良かった? そんなことないよね。分断が進んだのではなく、もともとあったんだよ。本当に良かったことは、スルーされなかったこと。ポジティブだろうがネガティブだろうが、反応が出た。むかついて反応せざるを得なかった」

 新入生から「祝われている感じがしない」といった批判が出たことにも、上野さんはこう答えた。「これだけメモラブルなものになったんだから、めでたいじゃない」

イベントでの様子

 また、上野さんは東大生に「ノイズをたてる方法を学んで」「足を踏んでいる人は、踏まれている人のことが分からない。『踏んでるぜ』と言わないと伝わらない」「相手の言うことを黙って飲み込むことはステレオタイプの再生産に荷担する。その場で訂正できるのはあなたしかいない」と、声を上げる大切さを繰り返し説いた。

 祝辞によって、根強く残る女性差別や広がる格差、貧困といった「スルーできない問題」を、社会に投げかけることができた。自身がこれまで訴えてきた問題が無視されず、議論がわき起こった。ノイズを立てることができた。今は、そのことに実は安堵しているのかもしれない。

 社会に「ノイズ」をたて続けることは、記者の仕事にも重なる。自分がなぜこの祝辞にこだわったのか、その理由に気付くこともできた。(終わり)