HIV感染の予防と管理(後編)

合剤登場で服薬が簡便に 高リスク者に予防投与も

Q.

HIV感染症の治療法は?

A.

HIV(Human Immunodeficiency Virus=ヒト免疫不全ウイルス)にいったん感染すると、それを体外に完全に排除する治療法は今のところありません。しかし、薬物療法によって体内のウイルス量を抑えることで、エイズ(AIDS=Acquired Immunodeficiency Syn-drome、後天性免疫不全症候群)の発症を高い確率で予防することができます。

HIV感染症の治療は、3〜5種類の治療薬(抗HIV薬)を併用する抗ウイルス療法(ART=antiretroviral therapy)が基本です。最近は数種類の薬の成分を1錠に含む合剤が多数開発されており、1日1回1〜2錠の内服で治療が可能です。

治療において大切なのは、医師の指示通り薬を確実に服用することです。飲み忘れたり、服用を勝手にやめたりすると、ウイルスが薬に対する耐性を獲得し、薬が効かなくなってしまいます。数カ月に1〜2回飲み忘れるだけで、治療に失敗することもあります。その場合は薬の種類を調整しますが、薬の種類が増える結果、適切な服用がさらに難しくなるなど、悪循環を引き起こしかねません。

薬の服用は一生必要です。薬によっては腎臓や肝臓に副作用があるので、3〜6カ月ごとに通院し、内臓機能や治療効果(血中ウイルス量)を調べます。

HIVは今や薬によってコントロールできる病気。米疾病対策センター(CDC)は毎年6月27日を「全米HIV検査デー」とし、各自治体の保健当局や各種団体と協力しHIV感染の早期発見と治療の重要性を訴えている。今年は検査経験者に個人の体験をツイッターで共有するよう呼びかけた(出典:CDC)

Q.

HIV感染の日常生活への影響は?

A.

薬でウイルス量をコントロールできている限り、今までできていたことが難しくなることもなければ、日常生活を変える必要もありません。当然ですが、仕事や学校、趣味、運動も、基本的にこれまで通り続けることができます。

妊娠・出産を希望する、あるいは妊娠後に感染が分かった場合も、妊娠中に母親が治療薬を服用する、子供に母乳を与えないなどの予防策をとることで、子供への感染リスクを最小限に抑えることができます。体外受精によって感染を予防する選択肢もあります。

ただ、HIVの感染経路を理解し、他人をHIVに感染させないこと、そして自分自身を他の感染症や病気から守ることは大事です(前編参照)。性交に関しては、治療によってウイルス量を「血液検査で検出できないレベル」に抑えられていれば、他人に感染させるリスクは限りなくゼロに近いとされています。コンドームの使用で、予防効果はさらに確実になります。

HIV感染の診断は、人によっては衝撃が大きく、なかなか受け入れ難いものです。治療方針について医師とよく相談するのはもちろん、必要に応じてカウンセリングや栄養指導も受け、心身の健康維持に努めることが、その後の状態を左右するともいえます。

治療費の支払いが難しい人は、公的支援の利用について、ソーシャルワーカーなどに相談するといいでしょう。

Q.

暴露後および暴露前予防内服とは?

A.

「暴露後予防内服(PEP=post-exposure prophylaxis)」とは、HIV感染者との性交時にコンドームが破れた、感染者が使った注射針を自分に刺してしまったなど、感染リスクが高い行為の後に抗HIV薬を集中的に服用し、感染リスクを低下させる方法です。危険行為の後72時間以内に開始し、1日1〜2回の内服を28日間継続します。

一方、「暴露前予防内服(PrEP=pre-exposure prophylaxis)」は、HIV陽性者をパートナーに持つ、または不特定多数と性行為をするなどの、感染リスクの高い非感染者が対象で、抗HIV薬を1日1錠内服し、感染を予防する方法です。性行為による感染を99%予防できるとされています。ニューヨーク州では、PrEP費用は保険でカバーされています。最近は価格も手ごろになってきたことから、私が勤務する病院では高リスク者にPrEPを勧めています。その場合もコンドーム使用が前提です。

HIV感染の予防も治療も、まずは自分の状態を知ることが大事です。感染後も無治療のまま数年〜10年間ほども特に症状がないまま経過し、感染に気付いていない人も少なくありません。年齢に関係なく、誰でも一度はパートナーを誘ってHIV検査を受けましょう。HIVについて、気軽に話せる関係を作りたいですね。

※来週は、別城悠樹先生に肝臓移植についてお聞きします。

斎藤孝先生 Takashi Saito, DO

内科医師(DO=Doctor of Osteopathic Medicine。 MDと同じく米国の医師の学位)。 日本で大学卒業後に総合商社に勤務、米国駐在を経て米国の医科大学に入学、卒業。 ブロンクスの病院で内科研修を修了。 現在はニューヨーク・プレスビテリアン・クイーンズ病院で感染症フェローとして、 エイズ、結核、その他感染症の主に入院患者の治療に従事。 米国内科学会(ACP)、米国感染症学会(IDSA)会員。

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