EPICソニー名曲列伝:「オーバーナイト・サクセス」洋楽と邦楽の間にある新しい音楽 1984年 9月21日 テリー・デサリオのシングル「オーバーナイト・サクセス」がリリースされた日

EPICソニー名曲列伝 vol.11

テリー・デサリオ『オーバーナイト・サクセス』
作詞:J・カルボーン、R・ズィトー、T・デサリオ
作曲:J・カルボーン、R・ズィトー、T・デサリオ
発売:84年9月21日

前回との落差が大きい。この曲と同じ日に発売された歴史的名曲=『そして僕は途方に暮れる』の認知度に対して、今この歌手名・曲名を見て、メロディを思い出させる人は、おそらくかなり少ないのではないか。

しかし驚くべきは、そんな曲が25.6万枚を売り上げているという事実である。タネを明かせば、この曲、ソニーのあのカセットテープ / ビデオテープの CM ソングだったのだ。

カセットテープ版 CM の舞台は、ブロードウェイのオーディション風景。舞台の上で多くの若者が踊っているバージョンと、その中の一人ひとりをフィーチュアした2つのバージョンがある。コピーは曲名そのまま「Over Night Success」。商品はノーマルポジションの「HF」シリーズ。具体的には「HF-ES」(「AHF」の後継)と「HF-S」(同「BHF」)。

ビデオテープ版(こちらの方が印象深い)は、真夜中のブティックの前に立つ少女が、ショーケースの中のダンス衣装を見ながら、バレエのようなポーズを決めるもの。商品は「HG」と「UHG」。カセットとビデオ、いずれにしても、前年の大ヒット映画『フラッシュダンス』の影響を強く受けているはず。

これら CM のシーンと、「♪ アン・オーバナイッ・サクセーェェス」=「♪ ミ・ミファ・ファッ・ソー・ミー・レド」というメロディを重ね合わせれば、思い出す人はかなりいるのではないか。そう、あの CM、あの曲なのである。

つまりこの曲は、『そして僕は途方に暮れる』同様、EPICソニーお得意のタイアップヒットの1つなのだが、『そして僕は途方に暮れる』と異なるのは、こちらは、単なるタイアップではなく、楽曲自体が、CM ありきで作られているのだ。その結果、CM の内容と楽曲が、ものの見事にぴったりと連携している。

私は、この曲が入った LP『オーバーナイト・サクセス』(「テリー・デサリオ ウィズ カルボーン&ズィトー」名義)を持っているが、そのジャケットには CM のオーディションシーンがもろに使われているし、「EXECUTIVE PRODUCER」として「KAZUO YOSHIE」= CM 音楽制作会社「ミスターミュージック」の吉江一男氏の名前がクレジットされている。これらは、この曲が CM ありきのプロジェクトだったことを明確に示している。

テリー・デサリオとは、マイアミ出身の女性シンガー。高校の同級生であった「KC &ザ・サンシャイン・バンド」の「KC」とのデュエット曲『イエス・アイム・レディ』で、80年3月にビルボード2位という大ヒットを記録した人。そういう人を日本でしか流れない CM が呼び寄せるのだから、ジャパンマネーの力がいよいよ強まってくる時代だったということだ。

さて、当時のカセットテープ市場において、ソニーのライバルはマクセル。この『オーバーナイト・サクセス』とほぼ同時期に流れていたマクセルの CM で起用されていたのが、人気上昇中のワム!である。曲は『フリーダム』で、コピーは「えっへん、ハイポジション。」。商品は「UD Ⅱ」(こちらはクロームポジション)。

ここで驚くべき噂話を紹介したい。

『フリーダム』の作詞・作曲はジョージ・マイケル名義なのだが、実はそれは真っ赤な嘘で、本当は日本人のゴーストライターが作っていたという噂話をご存知だろうか(さらには『フリーダム』だけでなく、『バッド・ボーイズ』や『ラスト・クリスマス』も――)。

これは、マイケル・ジャクソン研究家としても名高い、ノーナ・リーヴスの西寺郷太氏が『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)という本で呈示し、検証にトライした仮説である。検証の結果については、この名著にあたっていただきたいのだが、要するに、この時期のカセットテープの CM で流れていた2曲の「洋楽」は、実は「邦楽」だった(かもしれない)ということなのだ。

そしてさらに興味深いのは、テリー・デサリオとワム!のレコード会社は、両者ともEPIC ソニーだったという事実――!

「歌謡曲」と「ニューミュージック」の間に新しい音楽を作りつつあった EPIC ソニーが、CM というメディアを利用しながら、「洋楽」と「邦楽」の間にも新しい音楽を作り始めた。そしてテリー・デサリオやワム!の日本における成功(=オーバーナイト・サクセス)を経ながら、「EPIC」の4文字がぐんぐん勢いを増しつつある、84年の秋である。

カタリベ: スージー鈴木

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