【世界から】多民族国家・マレーシアを体現した魅惑のごちそう。それは…

さまざまなスパイスとともに煮込まれたフィッシュヘッドカレー タイの頭がそのまま煮込まれている=海野麻美撮影

 「魚の頭」と聞いて、読者の方が思い浮かべるのは「タイの頭」だろう。白米と一緒に炊けば、うまみがギュッと詰まった風味豊かなだしがしみ出て、ぜいたくな炊き込みご飯に。祝いの席などに食べるごちそうとしても重宝されている。

  しかし、ひとたび常夏の東南アジアに飛べば、その貴重な「魚の頭」が黄色いカレーのエキゾチックなスープに〝勢いよくダイブ〟している事をご存じだろうか。

  その料理の名は「フィッシュヘッドカレー」。

  名前に何のひねりもないのはご愛敬(あいきょう)。だが、大きな魚の頭をそのまま土鍋に入れてグツグツと煮込んだ豪快な料理は滋味深いおいしさで、ともに多民族国家のマレーシアとシンガポールの名物として、幅広く庶民に親しまれている。

  使うのは、タイの一種である「レッドスナッパー」という魚の頭部。土鍋に入れて、オクラやナス、トマトなどの野菜に絶妙のバランスで配合したターメリックやクミンシード、コリアンダー、カルダモンなど10種類以上のスパイスを加えて煮込む。熱々のまま土鍋ごとテーブルに運ばれると、スパイスの豊かな香りが鼻をくすぐり食欲を誘う。

  「土鍋は熱いから絶対触っちゃダメよ!」。威勢のよい店のおばさんに注意されながらも、その芳醇(ほうじゅん)な香りのスープを早く口にしてみたいと、銀色のスプーンを持った手がはやってしまうほどだ。

  その発祥の由来は諸説あるが、次の説が有力とされている。それは、今から半世紀ほど前、インドからシンガポールやマレーシアにやって来た出稼ぎ労働者が市場で大量に捨てられている魚の頭をもったいないとして、野菜と一緒にカレー風に煮込んで食べたのが始まりと言われている。

  一方で、当時から中華系の人々の間には魚の頭を重宝して食べる習慣があり、インド料理店がその風習をうまく取り入れ、メニューを開発したとする説もある。

 ともかく、「フィッシュヘッドカレー」は今やマレーシアを代表する料理となった。そのことは、15世紀後半からマレーシアに移住した中国系移民が現地のマレー料理と融合させて生み出した「プラカナン料理」を提供する店でも、看板メニューになっていることに良く現れている。

インド風のフィッシュヘッドカレーを提供する店は、大勢の客で賑わっていた=海野麻美撮影

  その「フィッシュヘッドカレー」は大きく3種類に分けられる。

  マレー風は、特にタマリンドの酸味が効いている。この酸味がクセになり常連になる客も多いらしい。ペースト状にした調味料であるチャツネなどに使われるタマリンドは魚の頭の臭みを消すのにも一役買っているようだ。

  インド風は見た目も豪快。バナナの大きな葉が皿代わりに敷かれ、注文するとそこにどんどんおかずやライスが盛られていく仕組み。大振りに切られ歯ごたえの残ったナスや、トマトが煮込まれ、トッピングに生のパイナップルやパクチーが乗っている。スープは割とさらっとしているものの、コクのある味わいと後から来る辛さが特徴だ。魚の身の部分を鍋のなかでほぐし、スープを米にかけて食す。インド人は手で器用に米とスープを混ぜ合わせながら口に運び、通は目玉や頬肉の周りが一番うまいと、隅から隅まで味わい尽くす。

  一方、中華風はあらかじめ蒸した頭を使うことが多いと言われている。だが、シンガポール国境に近く、日本のサッカーファンにはなじみ深いマレーシアの町、ジョホールバルにある老舗店では生のタイの頭を丸ごと使う。昼時には1時間待ちの列が出来るこの名店のメニューは、「フィッシュヘッドカレー」のみ。目の周りやうまみが詰まった頭か、比較的身の多い尻尾部分かを選べるが、ここはやはり頭だろう。肝心の味だが、一般的なマレー風のそれより酸味は強くない印象だ。

  初めて見た人は一瞬ギョッとするかもしれない。しかしながら、魚の臭みは一切残らず、頭から出ただしがスパイスと調和することで得も言われぬ奥深い味わいを醸し出す逸品だ。

  額に汗を浮かべながら、酸味と辛味が調和したスープを土鍋の底が見えるまで大事そうに飲み干していたマレーシア人の男性は得意げにこう言った。「マレーシア料理でもなければインド料理でもなく、中華でもない。これぞ、この国の複雑さを味わえる独特の味なのさ」

  国家の成熟と共に独自に進化を遂げたフィッシュヘッドカレーは、今やインド系、マレー系、中華系とさまざまなスタイルであらゆる人種に親しまれている。

 そう、まさに多民族国家ならではの融和の歴史が味わえるすてきな味だ。(マレーシア在住ジャーナリスト、海野麻実=共同通信特約)

フィッシュヘッドカレーの人気店には昼食時を中心に行列が出来る=海野麻美撮影

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