熊本地震で生計失い「八方ふさがり」 南阿蘇村・近藤さん民宿再開を断念 仮設退去阻む、資金の壁

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熊本地震で被災し、閉鎖した民宿の前に立つ近藤英一さん=3日、南阿蘇村

 熊本地震で収入は激減し、全壊した自宅の再建は高齢でローンを組めず断念。災害公営住宅の家賃を払うのも厳しい-。仮設入居者は1万人を切り8968人となったが、住まいの再建が困難な被災者はますます追い込まれている。南阿蘇村で食堂を営む近藤英一さん(66)は、仮設入居から3年が過ぎて生活再建の見通しが立たないままだ。

 近藤さんの自宅は2016年4月16日の本震で全壊。同じ敷地で妻つみ子さん(61)と夫婦で営んでいた民宿の建物も天井が落ちて傾いた。同年6月に村内の長陽運動公園仮設団地に仮の住まいを得て、民宿に併設した食堂だけを自力で修理。地震から5カ月後、営業再開にこぎ着けた。

 ただ、民宿の宿泊客向けの食堂から、500~700円台のちゃんぽんやしょうが焼き定食などを提供する、工事関係者ら相手の店に衣替えせざるを得なかった。

 当初は自宅再建を考えていたが、仮設入居から1年が過ぎた頃には、客が数人しかない日もある食堂の収入で、民宿を再開するのは難しいことが見えてきた。大きな貯金もなく、夫婦とも還暦を過ぎた。「ローンを組んでまで家を建てる余力はない。そもそも銀行の融資も下りないだろう」と断念した。

 村が整備する災害公営住宅への入居も考えたが、減ったとはいえ食堂の収入があるため家賃減免の対象にならず、月4万円ほどの家賃がかかる。「持ち家だった地震前より収入が減った状況で、家賃を払うのは厳しい」。家賃を減免してもらうため、食堂を畳むことも考えたが、「老後の蓄えや年金もほとんどなく、生活保護を受けるしかなくなる」。

 持ち家があり、民宿と食堂の経営で成り立っていた生計。自宅と民宿を失った打撃は想定した以上だった。

 仮設の退去期限は、自宅の敷地が村の擁壁復旧工事の対象に掛かったため、かろうじて来年6月まで延長された。だが、「56世帯いた仮設団地も十数世帯に減った。一日も早く家の見通しを立てたいが…」。焦りは募る。

 今は、民宿を修理して自宅として住むことを検討。見積もりを取ったが、被害は見た目以上に大きく、「予想以上の500万円に膨らんだ」。融資を受けられるかどうかの問題に直面している。

 「地震から日がたつにつれて八方ふさがりになっている」。近藤さんのため息は深い。(堀江利雅)

(2019年8月14日付 熊本日日新聞朝刊掲載)