「時速500km」約11mの津波到達の港へ 高校生が見た奥尻島の今 防潮堤で環境変わる課題も 北海道

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26年前に津波被害に遭った北海道の奥尻島を、先週、道内の高校生が訪れました。
来月、札幌で開かれる、世界各国の高校生が津波について語り合うサミットを前に、島の教訓を学びました。

6日、奥尻島にやってきた55人の道内の高校生。
目的は、津波の記憶をたどるためです。

「午後10時17分、夜だった。だいたい3分か4分で、ここに到達した」(奥尻津波語りべ隊・竹田彰さん)

およそ11メートルもの津波が到達した港。
高校生は、語り部の話にじっと耳を傾けます。

「時速500キロ、見当つかないですよね。飛行機よりも速かった。そのスピードで津波が来た」(奥尻島津波館の職員)

1993年7月、奥尻島を襲った津波。
死者・行方不明者合わせて198人が犠牲になりました。
あの日から26年。
5年で完全復興を宣言したこの町にも、未だ課題があります。

「環境アセスメントをやっていない。防潮堤1つ作るのにも、反省として、自然のことを考えたがここまでひどくなると思わなかった」(奥尻津波語りべ隊・竹田彰さん)

津波から町を守るため作られた防潮堤は、復興作業を急ぐあまり、環境への影響調査が十分にできませんでした。
そのため、海の一部が砂地になるなど、環境が変わったといいます。
高校生たちは、こうした課題を知ることで防災の大切さを身をもって感じたようです。

「災害の恐ろしさも感じたし、防災の大切さも学んだので、とても貴重な経験になった」(札幌国際情報高校2年・井戸静星さん)

「津波サミットでは、復興した中でも課題が出てきているので、それをこれからどうすべきか発表する予定」(奥尻高校3年・木元さくらさん)

地元の高校生、木元さくらさんに津波の被害を語り継いできたのは、祖父の智幸さんです。
今、次の世代につなげたいと考えています。

「何を語り継いでいくかとなると、やっぱり人間の命だから。若い子でも堂々としゃべって、みんなに伝えていかなきゃならないという気持ちがあるだけで、素晴らしいと思う」(木元智幸さん)

世界各国の高校生が集まるサミットの交流は、全て英語です。
さくらさんも、祖父から聞いた津波の経験を話す予定です。

「島の人から『次の世代にもつなげていって』と、よく話を聞くので、自分たちがそういう役目を果たさなきゃいけないと思っている」(奥尻高校3年・木元さくらさん)

間近で見た津波の記憶。
高校生たちは来月、世界に向けて発信します。