「日本が世界に誇る天才」小野伸二 シーズン途中で移籍した決断の理由は サッカーFC琉球に入団 背番号7に決定

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小野伸二(中央)を歓迎する(左から)倉林啓士郎会長、樋口靖洋監督、三上昴社長、廣﨑圭副社長兼スポーツダイレクター=県体協スポーツ会館(落合綾子撮影)

 「日本が世界に誇る天才」とたたえられた男が11日、FC琉球と沖縄サッカー界の未来のため、新天地に降り立った。歓迎した樋口靖洋監督や倉林啓士郎会長らと共に記者会見に臨んだ小野伸二は「期待に応えたい気持ちでいっぱい」と、国内最高峰J1を目指す強い覚悟を示した。

 三上昴社長は「経験はもちろん、持っている技術も含めた沖縄サッカー界への貢献にも期待を込め、加入してもらった。きょうが沖縄サッカー界にとって時計の針が動く歴史的な1日になった」と、小野獲得の意義をアピールした。 

 樋口靖洋監督は「けがをせずコンディションを保ち、1分でも1試合でも多くピッチに立つのが貢献の一番の近道で最大のこと」と激励。その上で「ゲームコントロール能力に期待している。点を取るためには、攻撃で崩しの工夫やクオリティーが求められる。ゲームを決める仕事や他の選手への良い刺激になることも期待している」と力を込めた。

 ユニホーム姿も披露した小野は、新背番号7について「新しい環境で今まで着けたことのない番号を着けることで、自分の気持ちも何か変わるかなと思った。ラッキーセブンの意味もあるので、自分の加入でチームがより良くなるようにとの思いも込めた」と語った。

一問一答

 小野伸二の記者会見とインタビューでの主なやりとりは次の通り。

 ―シーズン途中に琉球のオファーがあった。

 「正直うれしかった。すぐに代理人を通して行きたいとの意向を伝えた。シーズン途中の難しい時期だっったが決断は速かった」

 ―どういう「エキス」を琉球に注入したいか。

 「何が足りないかを感じながら、見つければアプローチしていく。J1に上がるという気持ちを一つにしてやっていきたい」

 ―昨日、北海道を離れた。現在の心境は。

 「気持ちは切り替えている。きょうからは沖縄の地で、自分のこれまでやってきたことを表現できるようにしたい。勝ちたいという思いを前面に出す。見ている人にそれが伝わる表現もしていきたい」

 ―琉球の攻撃スタイルについて。

 「キャンプで練習試合をしたが一人一人の個人能力は高いし、最後までの崩しというのをすごくきれいなイメージでやっていた」 「一方でポゼッションしながら形をつくって攻めていくが、最後に得点するという形がうまく合わない印象を受けた。僕自身も含めて、その質をもっともっと上げたい」

 ―札幌にいた上里一将や上原慎也も在籍している。 「沖縄サッカーをどうやって盛り上げられるかを、一緒に考えていきたい」

 ―チームでは最年長になるが、他のクラブには三浦知良や中村俊輔ら年上の選手がいる。

 「僕自身、若い選手から刺激を受けることが多くある。いろいろなことを学んで、自分に足りないものを吸収したい。若い選手が僕からの吸収があれば相乗効果として良いのではないか」

 おの・しんじ 静岡・清水商高出身。1998年にJ1浦和に入団後、2001年7月から05年まではフェイエノールト(オランダ)で活躍。18歳で日本代表に初選出され、56試合出場で6得点。ワールドカップ(W杯)には1998年フランス大会から3大会連続で出場した。J1では通算201試合に出場し29得点、J2では63試合で9得点。