鉦と太鼓 おごそかに響く 五島各地で盆供養の念仏踊り

チャンココ(福江)、オネオンデ(富江)、カケ(玉之浦)、オーモンデー(嵯峨島)

©株式会社長崎新聞社

石田城(福江城)跡の城門前でチャンココを披露する上大津青年団=五島市池田町

 五島市の福江島で受け継がれる盆供養の念仏踊りが13~15日、島一帯で繰り広げられた。800年以上の歴史があるとされる福江地区のチャンココをはじめ、地域ごとにオネオンデ(富江)、カケ(玉之浦)、オーモンデー(嵯峨島)の呼び名があり、踊りや衣装も多様。鉦(かね)と太鼓の音がおごそかに響く島を巡った。

 13日午前9時すぎ、市中心部の石田城跡の城門前。「カーン、カーン」と鉦の音が響く。赤や白の布を垂らした花がさをかぶり、腰みのを着けた踊り手がゆったりとした足取りで現れ、輪になって踊り始めた。観光客や写真愛好家らが集まり、カメラを向けた。
 県指定無形民俗文化財の上大津、下大津両地区のチャンココだ。衣装は似ているが、太鼓を「上大津は右肩、下大津は左肩」から掛ける習わしという。担い手は両地区の青年団。3日間、初盆を迎えた家や墓地などを巡る。上大津青年団の田中研一団長(35)は「3日間しっかり回りたい」と次の場所へ急いだ。
 夕方、市無形民俗文化財オネオンデが披露される富江町の大蓮寺へ向かった。山下、狩立両地区の保存会が継承し、中高生らが「踊り子」となる。花がさの形や着物の色などがチャンココと異なり、腰に刀を差すのも他にはない特徴。曲調はゆったりとした印象だ。
 寺の墓地には花や線香を手向けるため家族連れらが次々と訪れ、踊りを依頼。長崎市から帰省した小西みどりさん(54)は、5月に83歳で亡くなった母、荒田ヱチさんの初盆を迎え、墓のそばで踊りを見詰めた。「亡くなった実感はないけど、踊りを見るとジーンとくる。明るい母だったので、にぎやかに送れて良かった」とほほ笑んだ。
 翌14日は玉之浦町へ。この日だけ「玉之浦郷土芸能民俗資料保存会」がカケを披露する。花がさは一段と大きく、顔を覆う布は紫、腰みのは緑とカラフルな色使い。踊りは徐々にテンポを上げ、激しく回転する。
 玉之浦町郷土誌によると、かつては福江の殿様の前で実演し、間違えると切腹を命じられた-との言い伝えも残る。50歳まで30年以上、カケに携わった藤田哲也さん(61)は「自分が若い頃は先輩が厳しく、間違うと一からやり直させられた」と懐かしんだ。
 14日は二次離島の嵯峨島(三井楽町)で国選択無形民俗文化財オーモンデーが披露されたが、船が台風の影響で欠航。「ヨーデル風」とも形容される独特の歌だが、今年は断念した。
 その後も鉦の音を探しながら車を走らせると本山地区の墓地で「堤町チャンココ保存会」の一行と遭遇。同じチャンココでも崎山や吉田、大浜、野々切など各地域で、独自の衣装や踊りが受け継がれている。3年前に同会を結成した田中守会長(45)は「いずれ継承が難しくなるかもしれないが、何とか自分たちが若い子につなぎたい」。担い手不足に悩みながらも奮闘する島民の力で、この小さな島に多様な踊りが今も息づいている。

速いテンポの鉦の音に合わせ、激しく回転しながら舞うカケ。丸1日かけて、町内の各世帯やお堂などを巡った=五島市玉之浦町
大蓮寺の墓地でおごそかに舞う「山下オネオンデ保存会」の中高生。腰には刀を差している=五島市富江町
小雨の中、墓地で踊る「堤町チャンココ保存会」のメンバー。同じチャンココでも、地区ごとに衣装や踊りが異なる=五島市堤町