一人一人考える不戦

石原莞爾没後70年、遊佐で墓前祭

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元陸軍中将・石原莞爾への追悼文を読む顕彰会の歌川博男さん=遊佐町吹浦

 関東軍作戦参謀だった元陸軍中将・石原莞爾の命日に合わせ、遊佐町の墓所で15日、墓前祭が開かれた。今年は生誕130年、没後70年の節目で、式典を開くのは10年ぶり。県内外から集まった約40人が平和への思いを新たにした。

 石原は鶴岡市出身で、1931(昭和6)年の満州事変に関わる。軍部内での対立などから予備役となり、42年に帰郷。終戦後の46年には遊佐町吹浦の西山開拓地に入植。49年8月15日に60歳で病死した。

 墓所は石原と入植した人々らでつくる顕彰会が管理している。事務局の歌川博男さん(75)は病床で大勢の人に見送られ亡くなる瞬間に当時5歳で立ち会った。石原の柔和な顔としっかりとした目を覚えていると当時を振り返り「一人一人が平和を考え、実践していくことを誓う」と追悼の言葉を述べた。

 墓参に先立ち14日には「石原莞爾さんってどんな人?」と題し、石原の人物像について学ぶ講演を開催。全国で平和運動を展開する「はちどりクラブ」(東京)の10~80代の13人や研究者、地域の人が参加した。亡くなる前年に撮影された動画も披露され、歌川さんは「石原元中将は太平洋戦争につながった『満州事変の首謀者』との印象が強いが、著書や発言などから平和を求めていた姿が浮かんでくる」と話した。

 愛知県豊田市から初めて墓所を訪れた島川資子さん(50)は、松林の中の静かな空間に「穏やかな気持ちになる」と手を合わせた。歴史研究者を目指す九州大院生、奥山若奈さん(25)=酒田市出身=も参列。高校2年の時から墓参して9年目だが、式典は初めて。「老若男女が集まる様子に、多彩な石原の魅力を感じた」と話した。