デジタル機器を駆使して、一般リスナーにファンクを浸透させたザップの『ザップ!』

『Zapp』(’80)/Zapp

60年代、黒人音楽としての「ファンク」の概念をジェイムス・ブラウンが創造してから、スライ&ザ・ファミリーストーンはロックをベースにしたダンス音楽としてのファンクを構築し、ロックのリスナーを中心に白人にも広まっていく。彼らの尽力や『ソウル・トレイン』などのテレビ番組の効果もあって、70年代にはアース・ウインド&ファイアーやオハイオ・プレイヤーズなどのファンクグループが続々と登場する。パーラメントとファンカデリックのふたつのグループを主宰するジョージ・クリントンは、JB譲りの硬派のファンク(パーラメント)とロック的要素が強い実験的なファンク(ファンカデリック)で勝負していたが、70年代後半になるとダンスに特化したディスコ向け音楽が世界的な隆盛を極めていく。当初は黒人特有のグルーヴがファンク音楽の魅力であったが、やがてシンセと打ち込みを多用したヨーロッパのディスコ音楽が流行し、ファンクは単なるダンス音楽の一ジャンルだと認識されるようになる。1980年に本作『ザップ!(原題:Zapp)』でメジャーデビューしたロジャー・トラウトマン率いるザップは、あえてシンセや打ち込みを使い、デジタル世代のファンクだけでなくヒップホップのアーティストにも影響を与えるなど、次世代の黒人音楽に大きな貢献を果たした。

ブーツィー・コリンズと ロジャー・トラウトマン

トラウトマン家の10人兄弟のうち、のちのザップのメンバーとなるロジャー、ラリー、レスター、テリーの4人は60年代中頃から演奏を始めている。中でもロジャーは、若い頃から作詞作曲を始めマルチ・インストゥルメンタリストとしても優れた才能を発揮していた。

JBのバックグループ(JB’s)のメンバーとして知られるギターのフェルプス・コリンズとその弟でベース奏者のブーツィー・コリンズは、トラウトマン兄弟とは同郷(オハイオ州)で、家族ぐるみの付き合いがあり、彼らとは一緒に演奏したこともあった。76年、すでにP-ファンクの一員となっていたブーツィーは、トラウトマン兄弟による自主制作盤『ロジャー&ザ・ヒューマン・ボディ』を聴き、ロジャーの才能に惚れ込む。

ロジャー&ザ・ヒューマン・ボディ

ロジャーが24〜25歳の時に制作された『ロジャー&ザ・ヒューマン・ボディ』はトラウトマン家の自主レーベルからのリリースのため(Troutman Bros.)、数百枚しかプレスされず激レア盤として知られる。オークション等では数万とも数十万とも言われるほど高値を呼んだ作品だが、内容も素晴らしい。ザップのアルバムは打ち込みとシンセが中心のサウンド作りであるのに対し、こちらの作品は人力演奏だけに生のグルーブがビシビシ伝わってくる。今回取り上げている『ザップ!』で再演される「フリーダム」をはじめ、収録された9曲は名曲揃いで、特にロックからジャズにまで及ぶロジャーの巧みなギターワークとこの頃から使用しているトークボックスは無条件にカッコ良い。個人的には『ロジャー&ザ・ヒューマン・ボディ』がザップ関連の最高作だと思っている。数年前にレスター・トラウトマンの手になるリミックス盤CDがリリースされ、2015年には日本盤も出ているので、聴いてみたい人は早めの購入をオススメする。ちなみに、この『ロジャー&ザ・ヒューマン・ボディ』はロジャーがプロデュースした80年代のヒューマン・ボディとは別グループなので注意してほしい。

メジャーレーベルからのデビュー

ブーツィーはロジャーをP-ファンク関連のグループが使っているユナイテッド・サウンド・スタジオに呼びデモテープ制作を提案、しばらく後に出来上がったのがザップのデビューアルバムに収められることになる「気分はザッピー(原題:More Bounce to the Ounce)」である。この録音ではテープループやザップのトレードマークとも言える打ち込み(ひとりでのデモ録音なので当然ではあるが)やトークボックスが使われており、その新しいサウンドにブーツィーは驚きP-ファンクの総帥ジョージ・クリントンにも聴かせることにした。デモを聴いたクリントンはロジャーにメジャーレーベルとの契約を勧め、ブーツィーは自らのグループが契約していたワーナー・ブラザーズに口利きし、1979年に晴れて契約が成立する。

本作『ザップ!』について

ワーナーとの契約を決めたグループはテリー・トラウトマンの愛称である“ザップ”を新たなグループ名とし、ロジャーとブーツィーの共同プロデュースでフルアルバムの制作に取り掛かる。打ち込みを多用したディスコ音楽が全盛の時代だけに、一見ザップもその流れに逆らわず打ち込み&シンセを使っているのかと思われがちだが、実はそうではない。本作を聴いていると、打ち込みを使っていても無機質なサウンドには決してならないというロジャーの狙い(というか自信か)がよく分かる。しばらく後に登場するヒップホップ系のサウンドメイキングと似ている部分があり、あくまでも電子楽器を道具として使うだけで、メインは人間が繰り出すグルーブで勝負しているのだ。

本作はアルバムチャートでも1位になる。彼らのサウンドは一見すると新しく聴こえるのだが、実はブルース、R&B;、ソウル、ジャズなどのルーツ系音楽へのリスペクトを忘れないそのスタンスこそが彼らの音楽の肝だと思うのだ。アンログからデジタルへと変遷する時代にあって、彼らの音楽は10年ほどで消えていくことになる。しかし、彼らの音楽が90年以降の黒人音楽に与えた影響は決して少なくない。

収録曲は全部で6曲。アルバム全編、時代の寵児とも言える革新的な音が詰まっている。全米R&B;チャートで2位になった冒頭の「気分はザッピー」は10分近い長さで、トークボックスとシンセ&打ち込みが満載なので、アンドロイドのような仕上がりになっているかと思いきや、意外と泥臭いサウンドで驚かされる。ゴスペル、ブルース、ソウル、ジャズなど、ロジャーがさまざまなルーツ系サウンドを骨肉化し実験的に取り入れていることが奏功したのだろう。

続く「フリーダム」は自主制作盤の曲の再演で(違う曲のようなアレンジだ)、ロジャーのギターのオクターブ奏法と延々と繰り返されるベースのフレーズが独特のクールさを生んでいる。3曲目の「ブラン・ニュー・Pプレイヤー」は2019年のR&B;といっても通用するぐらい新しい感覚のナンバーだ。多声によるコール&レスポンス、ジャジーなサックス、カントリーテイストのあるマウスハープ、ロック的な荒々しいギターとブルージーなジャズギターが同居(片方のギターはブーツィーかもしれない)するなど、聴きどころの多い凝った作りである。

後半3曲(LPではB面)はゆったりめの曲が揃っており、コーラスを含め複数のシンガーによるヴォーカルに癒やされる。「ファンキー・バウンス」は複数のトークボックス、スラップベース、隙間を埋める何台ものギター、シンドラムなどが登場するのだが、名曲「ビー・オーライト」と同様、後半にオールマンブラザーズのようなレイドバックしたツインギターソロが聴ける。このエピソードで、いかにロジャーの守備範囲が広いかが分かってもらえると思う。

本作の最後を飾る「カミング・ホーム」はシャッフルナンバーで、ファンクというよりはポップソウルに近い。ただ、曲の作り自体は泥臭く、躍動感のあるコーラスやアドリブ主体のギターワークはロック的だ。

最後に

1999年4月、ロジャーはザップのメンバーで彼の弟でもあるラリーに射殺され、ラリーは同日(ロジャーを射殺直後)拳銃自殺しているのが発見された。警察発表によれば経済的な怨恨があったのではと推測しているが、兄弟の間に何があったのか真相は分からない。ただ、彼らの死によってザップの音楽が永遠に終わりを迎えたことだけは確かである。

TEXT:河崎直人

アルバム『Zapp』

1980年発表作品

<収録曲>
1. 気分はザッピー/More Bounce to the Ounce
2. フリーダム/Freedom
3. ブラン・ニュー・Pプレイヤー/Brand New Player
4. ファンキー・バウンス/Funky Bounce
5. ビー・オーライト/Be Alright
6. カミング・ホーム/Coming Home

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