学校から勧誘受けず、夢追い強豪校進学/ほとんど2軍で過ごすも腐らず努力/ボールボーイで憧れの舞台

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ボールボーイとしてグラウンドに立つ百澤選手=16日、阪神甲子園球場

 16日の全国高校野球選手権3回戦に勝利し、5年ぶりに8強入りした八戸学院光星。この日、ボールボーイとして甲子園のグラウンドに立った3年の百澤(ももさわ)里空(りくう)選手(青森市筒井中出身)は、学校側からの勧誘を受けずに野球部に入った「非スカウト組」だ。最後の夏はあと一歩で背番号をもらえず、選手として聖地でプレーすることはかなわなかったが、「光星野球部で過ごした2年半に後悔はない」と胸を張る。

 捕手の百澤選手は父の影響で小学3年から野球を始めた。小中では主将としてチームを率いた。中3の進路選択時、「強豪校で甲子園を目指したい」と夢を抱き八学光星に進学した。

 同校の野球部員は1~3年生合わせ89人。小坂貫志部長によると、部員のほとんどは同校からの誘いを受けた選手たちで、非スカウト組はほとんどいないという。小坂部長は、勧誘の有無と入部後の評価は無関係としながらも「全国レベルの猛者が集う光星で、勧誘のなかった選手がベンチ入りするのはかなり難しい」と語る。

 入部前、百澤選手は「ある程度は通用するはず」と考えていた。しかしスカウト組の同級生たちは「打つ、投げるといった基本動作のレベルがまったく違っていた」。厳しい練習についていくのがやっとで、入部後は、ほとんどの時間を2軍で過ごした。

 それでも夢のため、腐らず努力を続けた。昨秋の新チーム発足後についに1軍入りし、今春のセンバツでは初めて背番号をもらったが、捕手間の競争に敗れ、この夏は再びベンチ外となった。

 甲子園では初戦からボールボーイとしてグラウンドに立ち、目の前で戦う仲間たちを見守る。

 「ベンチに入れていれば、と思うことは当然ある」と百澤選手。それでも「光星野球部に入ったおかげで夢だった甲子園に来ることができたし、技術的にも成長できた。後悔はまったくない」と言い切る。

 将来の夢は県内の高校教諭。「光星で学んだ技術や経験を多くの球児に伝えたい」。その目には、強豪校で、最後まで諦めることなく己を磨き続けた確かな自信が宿っていた。