15歳で妊娠 着の身着のまま逃げ… 紛争地の子が愛情包まれ、子どもらしく生きられるように

「避難民キャンプで2人の少女に会いました。同じ村の出身の15歳と16歳で、一緒にここに逃げて来たそうです。15歳の子は妊娠していて、16歳の子は生後6ヵ月の赤ちゃんがいました。武装勢力の一員と結婚させられたのです。着の身着のままで、一人ははだしでした。キャンプには頼れる親戚もいません。こんな状況でどう生きていけばよいのか途方に暮れていました。本当に心が痛みました。もっと痛ましいのは、2人への虐待が長期に渡っていたことです。まだ12歳くらいか、もっと幼いときに無理やり結婚させられ、虐げられてきているのです」 

避難民キャンプ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

避難民キャンプ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

ここはナイジェリア北東部の街プルカ。ナイジェリア北東部では10年にわたって政府軍と武装対抗勢力の争いが続く。数千人が犠牲になった。医療を受けられないまま、栄養失調やマラリアといった、簡単に治療できる病気で命を落とす人も多い。ナイジェリアでMSFのアドボカシー・マネジャーを務めるセヴリン・クルティオル・エグルスは、こんな状況で冒頭の二人と出会った。

「食べ物をあげ、MSFの病院に連れていき、そこで産前ケア、栄養補助と心のケアをしました。当初、個室のシェルターはなく、世話してくれる人もいなかったため、2人は一時滞在キャンプにいました。女性や子ども1万2000人がひしめきあいます」 

一時滞在キャンプ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

一時滞在キャンプ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

「その後、幸いなことに、同じ村から来た人と再会できて、それぞれ別の家族に受け入れてもらえました」

2019年1~6月、MSFはプルカで保護者のいない子どもが320人にいることを確認した。武装対抗勢力の支配地域、他の避難民キャンプ、カメルーンなどから逃げてきており、保護や援助を必要としている。まず保護の必要な子どもを見つけることが保護の第一歩だ。そうでないと、医療を受けたり、食べ物を手に入れるにも困り、窃盗や性的暴行といった犯罪に遭ったりする。 

避難民キャンプ横に雨でできた川で遊ぶ子どもたち=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

避難民キャンプ横に雨でできた川で遊ぶ子どもたち=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

「搾取や暴力に遭わせないために、子どもたちには食糧、水、シェルターが必要です。はぐれた子どもには、家族と再会するか、解決策が見つかるまで、一時的に滞在できる子ども向けの場所も必要です。どの案件も個別に注意深く対応していく必要があります。だからこそ、人道援助団体は現場に入って、連絡調整体制を改善していく必要があります」

MSFは1996年からナイジェリアで活動。2014年から北東部に常駐している。ボルノ州のグウォザ、マイドゥグリ、ンガラ、プルカで医療を提供するほか、緊急対応チームが病気の流行をはじめとした緊急人道ニーズに対応している。 

MSFの医療活動=2019年、マイドゥグリ ©Yuna Cho/MSF

MSFの医療活動=2019年、マイドゥグリ ©Yuna Cho/MSF

「グウォザとプルカのMSF病院には、ただ保護を求めてやってくる子どもたちもいます。周辺には安全に泊まれるシェルターがないため、可能なかぎり、MSF病院に仮に受け入れ、抱える問題を把握します。健康と尊厳を脅かすにもかかわらず、危険な仕事を受けたり、薬物を乱用したり、性的搾取に応じたりしてしまう10代の子もいます。親を亡くし、小さい弟妹の面倒を見る全責任を負った子どももいます」 

物資配給を待つ避難民ら=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

物資配給を待つ避難民ら=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

地元行政は避難民キャンプでほぼ何もせず、福祉サービスはほぼ何もない。その上、治安の悪さから、現地で活動する保護団体は今もごくわずか。ボルノ州全域で、キャンプに逃げ込んできた人たちの登録が追いついていないため、生き別れた家族と再会するのは極めて難しい。

「子どもの保護にいたるまでの経過は、案件ごとに大きく異なります。どの子も壮絶な経験をしており、簡単な解決策はありません。武装対抗勢力の支配地域から戻ってくると、白い目で見られることもあります。妊娠していたり、子どもがいたりする女の子は特に。10代の母親たちは、家族がまだいたとしても、元通り一緒に住むのは難しく、心のケアを切実に必要としています」 

避難民キャンプを横切るヤギ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

避難民キャンプを横切るヤギ=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

紛争の中で育った子は、人生が変わってしまう。学校に通えず、病院にかかれず、栄養も足りず、予防接種も受けられない。孤児になってしまう子や、無理やり結婚させられる女の子もいる。幼い女の子の出産はリスクが高い。

「紛争地から逃げ出したら、子どもは子どもらしく生活できることが一番です。遊んだり、笑ったり、友達と会ったり。学校に通う必要もあります。大人を信じ、愛情を感じられ、尊重されると感じられるような、安全な場所が必要です」 

雨でできた川で遊ぶ子どもたち=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

雨でできた川で遊ぶ子どもたち=2018年、プルカ ©Igor Barbero/MSF

「どの国でも、どんな状況でも、子どもは、愛情を受け、尊重され、守られるべきです。児童の権利条約でうたわれているように、すべての子どもは、たとえ紛争地でも、必要な保護を受ける権利があります。子どもが“普通の生活”を送れるようにすべきことはまだまだあります」 

子どもたちの心のケアの活動=2019年、プルカ ©Abdulkareem Yakubu/MSF

子どもたちの心のケアの活動=2019年、プルカ ©Abdulkareem Yakubu/MSF

ナイジェリア北東部

国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、2009年以来、ボルノ州、アダマワ州、ヨベ州では計3万5000人が殺害され、180万人が国内で避難しているほか、710万人が人道援助を必要としている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、近隣諸国であるニジェール、チャド、カメルーンに約23万人が避難した。 

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