アートの力を信じて ミヤザキケンスケと子どもの描く「Super Happy」

発災直後は断念したプログラム

2018年7月。菅野高広さんは真備町の子どもたちのことが気になっていた。自分にできる支援をしたい。アートの力で子どもたちに元気にしたい。アーティストのミヤザキケンスケさんに相談し、被災地になるべく早く入ることの意義も感じてはいたが、被災地は家の片付け、今後の住まいについてなど日々の生活に追われ、断念せざるを得なかった。

菅野さんの原体験

子どもの体験プログラム提供する「ギフテ」を運営する株式会社みらいスクール代表の菅野さんは総社市出身。マンガ家体験やアナウンサー体験などプロの仕事を体験するなど、200種類以上のプログラムを実施してきた。菅野さんは小学校5年生の時、真備町が企画した吉備真備(きびのまきび)の中国での足跡を辿るツアーに参加した。学校で習う教科書の中のことではなく、吉備真備に所縁のある西安から北京・上海と移動しながら学ぶツアー。このことが菅野さんの体験から学ぶプログラムの原体験となった。あの頃の自分と同じ年代の子たちに、体験を通して何かを感じてもらいたい。また真備町への恩返しの意味もあったという。

東京から真備町へアートで想いを

災害から3カ月経った2018年10月、真備町でプログラムを行えないもどかしさを抱えつつ、東京都内で5人の小学生とミヤザキケンスケさんと共に真備町のことを学び、壁画アートを描くことにした。小学生にとっては、真備町も水害もテレビの中の出来事。何があったのか、どんな場所なのか知れば知るほど、応援したい、元気になってもらいたいという思いは強くなり、真剣な眼差しでキャンパスに向かうようになっていった。この作品は、2019年2月に倉敷市立美術館で開催された「第33回倉敷っ子美術展」でも展示された。

アーティスト・ミヤザキケンスケの想い

アーティスト・ミヤザキケンスケさんは、国内外で壁画を描いてきた。2015年にはケニアのスラム街にある小学校の壁に、2016年には独立したばかりの東ティモールの国立病院の壁に、2017年には紛争の弾痕が残るウクライナの壁に、2018年にはエクアドルの女性刑務所の内壁に、また真備町に入る直前にも国境なき医師団と共にハイチの病院の壁に描いている。東日本大震災後すぐの岩手県大船渡でもプレハブのペイントを行った経験もある。

「Over the Wall」

ミヤザキケンスケさんのプロジェクト「Over the Wall」は、現地の大人から子どもまで多くの人と描いていく。切ない辛い運命と向き合う状況にある人とも、言葉の壁を越え共に筆を取り、完成させていく。コンセプトは「Super Happy」。カラフルで見た人が元気になるような絵、描いた人がハッピーなれる、明るく照らす太陽のような100パーセントハッピーな絵を目指しているという。

真備町でのプロジェクト再スタート

今年4月からクラウドファンディングで資金集めをスタートした。報道も少なくなったこの頃、世間のリアクションはよくなかった。それでもアートの力を信じてくださる方々の支援により、なんとか資金集めもできた。5月には、真備町内の小学校6校の生徒さんから垂れ幕に描くモチーフを描いてもらった。100枚以上のアイデア画が集まった。中でも多かったのは、「竹」。竹がぐんぐんと天に伸びていく様子を絵に描くことをこの時から決めていたという。6月になると、海外渡航の過密スケジュールの中、ミヤザキケンスケさんが下書きを開始し、真備町でのアート体験プログラムは本格的にスタートした。

スタートは東京の子どもたちから

垂れ幕は3本をつなぎ合わせて完成する。中央の1本は東京都内の小学生6人と一緒に描いた。ベースに塗られた色はイエロー。その上にはたくさんの星が輝いている。下部に描かれた天の川にはモモやブドウやタケノコが流れている。ふわふわ浮かんだ雲からは竹が伸び、虹が掛かっている。吉備真備公が雲の上で鎮座し、タケノコに囲まれている。落下傘で降りてくるのはプレゼントのように見える。上部には真っ赤な太陽のような半円に「真備」と書かれている。東京の子どもたちの思いが見れば見るほど伝わってくる絵となった。

真備町の小学生と共に

東京で完成した1枚の垂れ幕を持って真備町・呉妹(くれせ)小学校に訪れたのは8月1日。両端の垂れ幕は中央より少し大きなものを用意した。横1.8メートル、縦6.2メートル。2日間に渡り、約50人の小学生が参加した。異なる学校、異なる学年の子どもたちは知らず知らずのうちに友達になっていく。ミヤザキケンスケさんがやり方を教える。最初は筆を入れるのを戸惑っている子もいたが、一度スイッチが入ると次から次へと描いていく。波の白い線、雲のぐるぐる、みるみるうちに色が増え表情が増していく。右側の垂れ幕はベースの色がブルー。左側はピンク。下部に描かれた天の川で3枚はつながっている。一番下には、タケノコが出て竹が力強く伸びている。

アートの力をミヤザキケンスケさんと届けたい

菅野さんは「子どもたちは絵を描くことに没頭していた。こんなに大きなキャンパスに描くことは初めてだろう。普段、言葉にできないことも絵には表現できる。真備町が元気になって欲しいと、真っ直ぐな思いでキャンパスに向かっているように見えた。ミヤザキケンスケさんは、とにかくカラフルで、ポジティブで、多くの人とコミュニケーションを取りながら絵を書き上げる。子どもからも人気があり、ぜひ一緒に真備町に来てほしいと思った」と話す。

暑い夏のアート体験

会場となった体育館には、多くの扇風機を用意した。37度を指す温度計。岡山の乳業メーカー・オハヨー乳業がスポンサーとなり、差し入れてくれたアイスを食べながら熱中症を免れた。完成間近になると熱を帯びてくる。ミヤザキケンスケさんは「絵を描く楽しさを味わってほしい。一筆、一筆が絵を前進させ、完成へと近づいていく。一筆の大切さと積み重ねの力に気付いてもらえると嬉しい」と。

アートが復興の後押しに

「出来上がった作品はみんなの作品。一緒にやり遂げた同志のような感覚になる。特別な時間をともに過ごした経験と、形として残っていくことがアートの素敵なところ。復興への道のりはまだこれからかもしれない。この垂れ幕をどこかで目にする時には、夏の暑い中、真備町の子どもたちが描いた絵だと思ってよくよく見てほしい。この体験と思いの詰まった垂れ幕が、復興の後押しになると信じて」と振り替えった。

 

いまできること取材班
文章:松原龍之
写真:松原龍之 オハヨー乳業株式会社・野崎雅徳さん 提供

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