年間最高試合を戦った木村翔が語る、田中恒成の強さ  24日のWBOフライ級V2戦、「速さと重さの融合」で防衛目指す

By 稲葉拓哉

練習する田中恒成=2019年5月31日、名古屋市

 今月24日に名古屋で開催される世界ボクシング機構(WBO)フライ級タイトルマッチで、チャンピオンの田中恒成(24)は同級1位の挑戦者ジョナサン・ゴンサレスと対戦する。この1年間に2度の日本人対決を制した田中は、元世界王者の木村翔(30)との対戦で自信を深めたことが今の強さの要因だと答えた。

 まずは昨年9月の激闘を木村に振り返ってもらい、戦ったものにしか分からない田中の強さを語ってもらった。そして、日本人対決で得たものとゴンサレス戦への思いを田中自身に聞いた。(聞き手、共同通信写真部=稲葉拓哉31歳)

 ▽木村が振り返る激闘

 8月上旬、東京都新宿区の青木ボクシングジムを訪れると、元世界王者の木村自らが出迎えてくれた。リング上での野性的なイメージとは裏腹に、冷たい水を用意し、扇風機の風量まで気にしてくれる、気遣いのできる好青年だ。

―試合を振り返って、田中選手の印象は?

 木村 気持ちが強い選手だなって印象を受けました。それと意外にフィジカルも強い選手だなと思いましたね。下半身がしっかりしていて、試合中に僕が押される場面が多かったです。

―田中選手の特徴はスピードと言われていますが、体幹もすごい?

 木村 僕はスピードより体幹かなって思います。確かに試合が始まってすぐに、パンパンパンって3発打たれて「うわ、めっちゃ速い」って思いましたけれど。(笑)でも「速さ」っていうのはだんだん慣れてくものなんですよ。

田中恒成(左)と対戦する木村翔=2018年9月24日、武田テバオーシャンアリーナ

―気持ちが強いと感じた理由は?

 木村 そもそも、挑戦者がチャンピオンを倒すっていうのは気持ちが強くないと難しい。それに僕自身も気持ちが強い選手だと思っているので、その勝負では負けないだろうと思っていました。でも、僕がばーって打っても、田中君がばーって打ち返してくるんですよね。「絶対に倒すんだ」っていう気持ちが田中君の方が上だったかなって、今は思います。
 
―僅差で敗れはしましたが、試合を終えて何を感じましたか?

 木村 すごく勉強になりました。3階級制覇のチャンピオンとあの内容の試合ができたことは自信になりますね。スピード、コンビネーション、メンタルなど、いろいろ勉強になりました。僕がもう一度、世界チャンピオンを目指すための良い経験です。感謝しています。

―木村選手も7月に現役続行を表明されましたね。

 木村 はい。今は来るべき世界戦に向けてしっかりと勝てるように。ラストチャンスだと思うので、悔いの無いように頑張りたいです。

練習する木村翔=2019年8月6日、東京都新宿区

―田中選手の24日の防衛戦、そして今後についてどう思いますか。

 木村 ゴンサレスはサウスポーなので、一発もらうとタイミング次第で倒れてしまう可能性もあると思います。でも、その一発に気をつければ十分に勝てる相手だと思います。将来的には4階級、5階級制覇して田中君が言っているようなボクサーになってほしいですね。

 木村は年下の田中を尊敬する選手だと話した。お互いに全力を出し切り、観客を魅了した一戦が昨年のWBO世界戦年間最高試合にも選ばれたのも納得だ。

試合後、健闘をたたえ合う木村翔(右)と田中恒成=2018年9月24日、武田テバオーシャンアリーナ

 ▽田中が木村戦で得たもの

 畑中ボクシングジムでの練習を終えフィジカル・トレーニングへと向かう車中で、田中もボクシング人生で一番印象に残る試合は木村戦だと答えた。

―木村選手との試合を振り返っていかがですか。

 田中 今までで一番頑張りました。小学生みたいな答えですいません(笑)。でも、頑張ったから試合中に弱気になることがなかった。2ラウンド目に左フックをもらったんですけど、強い相手に対して序盤でアドバンテージを与えたら不安になるはずなのに「いや、俺は大丈夫だ」ってすぐに持ち直すことができた。試合前も試合中も一番頑張っていた。メンタルが充実していたんですね。

―メンタルはどのように鍛えたんですか?

 田中 試合前、コンディションが悪くて思うように練習が進められない日が続きました。木村さんは強い相手なのにどうしようって不安になりました。普段の俺だったら「もういいや」って思ったり、その日は頑張らないって練習を投げ出したりする日もあったと思います。でも、そうならずに「今できることを精一杯やろう」って思うことができました。
 
 試合前はスパーリングで仕上げるのが普通なのに、あの時は走り込むことで仕上げたんです。自分を信じて、その時にできることをしっかりやったことがメンタルの強化に繋がったと思います。あんなに強い気持ちで試合に臨めたのは初めてです。

木村翔との対戦に臨む田中恒成=2018年9月24日、武田テバオーシャンアリーナ

―不安な中で頑張れた要因は何ですか?

 田中 あの時は負けたくない思いがたくさんありました。例えば大学の卒業前だったので、試合に勝って卒業したいとか。父さんがトレーナーに専念するために仕事を辞めたので、俺のボクシング1本で生活できるようになりたいっていう思いが強かったです。あそこでこけると家族の収入もだいぶやばくなるので。「ここは、こけられんな」っていう思いはありました。

―協力してくれるお父さんのためにも?

 田中 そうですね。父さんもたぶん同じ気持ちだったと思う。もし木村戦で負けていたら相当くるものがあったと思います。だから父さんが養っている妹、母さん、ばあちゃん、みんなのためにも「絶対に負けない」って思いがありました。

木村翔との対戦に臨む田中恒成(右)と父・田中斉=2018年9月24日、武田テバオーシャンアリーナ

―試合の直前まで攻め方を迷っていましたよね?

 田中 序盤にポイントを取りにいこうか、試合が始まった瞬間から打ち合おうかという選択で迷っていました。でも入場の前に控え室で父さんと2人になった時に「どう思う?」って聞いたら、「最初からいかなアカンでしょ」って。俺もそうしようと思っていたから「意見あったね。じゃあそれでいこう」って。

 ▽ゴンサレス戦はスピードで勝負したい

 木村との世界戦に勝利し3階級制覇を達成した田中は、続いて今年3月に元世界王者の田口良一(32)との防衛戦に臨んだ。

―田口選手との試合を振り返っていかがですか。

 田中 自信を持って臨めました。木村さんに勝てたことで自信が芽生えていました。木村戦を通して、試合前に必死で頑張ったら強い気持ちで試合に臨めることがわかったんです。

田口良一(左)と対戦する田中恒成=2019年3月16日、岐阜メモリアルセンター

―見事に防衛を果たしましたが、課題はありますか?

 田中 フィニッシュまでの詰め方のレパートリーが少なかったです。スタミナが切れかかっていたし、ダメージも溜まっていたので相手を追い詰めるために「前に、前に」っていう思考しかなかった。だから「押して前へ、押して前へ」という動きばかりになっていました。でも、前に行きたいけど田口さんがクリンチしてきて距離を潰されることが多かった。良いリズムで攻めているのに、途中で止まっちゃうことがたくさんありました。

―その課題を改善するには?

 田中 打ったら一歩引いて距離を保ちながら殴り続けるとか、もしくは相手が前に来たら逆に下がりながら殴り続けることでフィニッシュまで持っていくとか、そういった発想の転換を試合中にできるようになりたいですね。

―今後はどのようなボクシングスタイルを目指しますか?

 田中 今まで打ち合いがあまりできなかったり、接近戦が下手だったりしたので、木村戦の前にすごく練習して手応えを掴みました。そうしたら打ち合いが得意な田口さんにも打ち勝つことができました。でも、俺の本来の一番の武器はスピードです。それを見失ってしまうと勝ち続けるにも限界がある。だから「打ち合いはできますよ、だけどあくまでスピードです」っていうスタイルに戻そうかなって思いますね。

フィジカルトレーニングを行う田中恒成(左)=2019年5月31日、名古屋市

―次の対戦相手、ゴンサレスはどんな選手ですか?

 田中 スピードが本当に速いです。俺のスタイルが打ち合いを意識してゴリゴリ系になっているので、力は増したけれどスピードが落ちてきた。相手の得意なところになっちゃうけれど、次は俺もスピードを取り戻して勝負したいです。

―田中選手のスピードは十分に速いと思いますが?

 田中 プロデビュー当時、ミニマム級でやっていた頃はもっと速かったです。でも、そのかわりパンチが軽かった。そこに重さをプラスするイメージでスタイルを作れたら最高です。

―最後に毎度のことですが、次戦への意気込みを教えてください。

 田中 相手はサウスポーだから一発で倒せるチャンスがあると思います。ワン、ツー、バシッてテンポよく倒したい。それができなくても追い詰めることで倒しに行きたいです。

 田中は木村や田口といった強敵から逃げずに立ち向かうことで、着実に成長してきた。最大のライバルである木村も話していたように、4階級、5階級制覇も決して夢ではない。24日に迫った防衛戦、そしてその先の田中恒成の活躍が楽しみでならない。(終わり、敬称略、年齢などは取材当時)

過去記事はこちら↓

3階級制覇までの道のり プロボクサー田中恒成 木村翔との死闘を振り返る 

https://this.kiji.is/450868103759512673

木村戦の激闘の写真はこちら↓

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