「逆向き電車」への“招待状”

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大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

共同通信社編集局経済部次長

大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

共同通信社編集局経済部次長

1973年東京都生まれ。97年に入社し、松山支局、本社経済部、ニューヨーク支局などを経て2016年10月から現職。運輸と旅行、国際経済の分野を長く取材し、日本一の鉄道旅行を毎年選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」の審査委員を務めている。

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JR九州の筑肥線を走る103系1500番台(上)と、車窓から眺めた玄界灘=福岡県糸島市

 【汐留鉄道倶楽部】通勤や通学の際に反対方向の行き先を表示した電車が目に入ると、思わず乗りたくなる―。現在住んでいる福岡市内の福岡市地下鉄空港線の最寄り駅で平日に通勤する際、反対方向のJR九州筑肥線に直通運転する「唐津」(佐賀県唐津市)といった「逆向き電車」の行き先表示を眺めると、そんな誘惑に駆られてきた。私の願いが通じ、平日朝に「逆向き電車」に乗り込むことができる“招待状”が届いた。

 地下鉄空港線と接続する姪浜(福岡市)から西へ向かう筑肥線は、筑前前原(福岡県糸島市)間までは福岡市中心部への通勤客や沿線の通学客でごった返す通勤路線だ。2018年度の1キロ当たりの1日平均乗客数の「輸送密度」は4万6283人と、赤字路線が大部分を占めるJR九州にあって貴重な“ドル箱”だ。

 しかし、乗ることを強くお薦めしたいのがその先の区間だ。筑前前原―唐津間の輸送密度は5870人に減り、ローカル線の風情が一気に強まった車窓に広がる絶景を堪能できる。さらに、自動車のエンジンに取り付けたターボ(過給機)のように、乗り込むと旅情を一段と高めてくれるのが筑前前原以西で走っている日本国有鉄道(国鉄)時代に製造された電車の103系1500番台だ。

 私がこの日、自宅の最寄り駅から乗り込んだ電車は筑前前原行きだったが、終点で滑り込んでいたプラットホームの対面に待ち受けていたのがお目当ての3両編成の電車だった。

 103系は1963年から84年までの約21年間に3447両が製造された“国電の雄”だが、うち末期の82年から製造されたのが1500番台だ。福岡市地下鉄空港線に直通運転できるように自動列車制御装置(ATC)を備え、正面に貫通扉を設けており、両開き扉が入り込む部分の戸袋窓がないのは103系で唯一だ。

 内装は同じ時期に製造された201系をベースに設計しており、客室の2段になった正方形のユニット窓も、冷房の空気が車内にまんべんなく行き届くように取り付けた補助送風機も同じだ。

 糸島市にはトマトやレタスといった野菜を栽培する畑が広がっており、国電らしいモーター音を響かせながら快走するのが心地よい。そして筑前前原から4駅の筑前深江を過ぎて間もなく、まるで南国のようなエメラルドグリーン色の玄界灘が右手の車窓いっぱいに広がった。浜崎(唐津市)までの4駅の区間の大部分は、海岸線を縫うように国道202号と併走しながら進む。

 近くに他の乗客がいなかったため、窓の下段のつまみを押してユニット窓の下段を押し上げた。吹いてくる潮風を浴びると、「ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云(い)う」という大学の先輩、中原中也の誌「帰郷」の一節が口を突いて出た。

 「なにをして来たのだ」に答えるかのように、学生時代に週末教えていた神奈川県湯河原町の学習塾へ向かうJR東日本東海道線の車窓を思い出した。当時はJR東日本東海道線を「湘南色」と呼ばれるオレンジ色と緑色のツートーンで彩られた国鉄製電車の113系電車が健在で、「海の見える駅」として有名な根府川(神奈川県小田原市)の周辺から太平洋の大海原を見晴らしていた。

 それから四半世紀が経過し、東海道線から113系が一掃されても、九州の地では今も国鉄製電車がモーター音をうならせながら海辺を駆けている。

JR九州筑肥線の松浦川を渡る橋から眺めた唐津城天守閣(上)と、国電の雰囲気を残す103系1500番台の車内=それぞれ佐賀県唐津市、福岡県糸島市

 「逆向き電車」は方向だけではなく、時代もさかのぼるタイムマシーンのようだ。電車が玄界灘から遠ざかると、代わって日本三大松原の一つで、特別景勝の虹の松原が視界に入った。瓦ぶき屋根の駅舎がそびえる虹ノ松原を過ぎると電車は高架区間を力走し、目的地の東唐津駅に着いた。近くには松浦川が流れ、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩守広高が1608年に完成させたとされ、現在の天守閣が1966年にできあがった唐津城を遠くに望める。

 この日、“招待状”を頂いたのは、唐津シーサイドホテルで開かれた佐賀新聞社主催の唐津政経懇話会で講演させていただくためだった。

 出席いただいた方々から「筑肥線からの車窓は素晴らしいでしょう」「唐津を訪れる観光客からは『エキゾチックな雰囲気で、まるで外国に来たようだ』という感想を聞く」といった声をうかがい、通勤で利用する駅から「逆向き電車」に1時間ほど乗っただけで風光明媚な車窓が広がり、まるで遠くのリゾート地に足を運んだかのような旅情を満喫できる贅沢さをかみしめていた私も膝を打った。

 唐津焼が全国区の知名度を誇る唐津市は、虹ノ松原や唐津城、見帰りの滝といった観光資源も豊富で、今年7月に発行された飲食店と宿泊施設の格付け本「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版」で二つ星と一つ星に輝いた飲食店が計6店に上る美食都市の顔も持つ。そんな奥深い魅力を抱えた行き先を表示した電車を最寄り駅で眺めるたびに、「逆向き電車」に乗りたくなる誘惑は今日も続いている…。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社福岡支社編集部次長。筑肥線にはご紹介した姪浜―唐津間に加え、唐津市の山本と伊万里焼で有名な伊万里を結ぶ非電化区間も含まれます。今度「逆向き電車」に再び乗り、筑肥線のもう一つの顔もご紹介します!

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。