【連載】第71回全日本大学選手権直前特集『夢舞台』最終回 吉田龍平主将×前田直輝副将×山口永路副将

©早稲田スポーツ新聞会

 最終回は、チームを5年ぶりの全日本大学選手権(全日)に導いた幹部学生の三人だ。東京六大学春季リーグ戦(春季リーグ戦)では、吉田龍平主将(スポ4=東京・小山台)は扇の要として守備を引っ張る傍ら、本塁打と打点でもリーグトップの数字を記録。前田直輝副将(スポ4=熊本)は持ち前のマウンド度胸でピンチでの救援登板をしっかりとこなし、山口永路副将(社4=早稲田佐賀)は試合に出ている選手がのびのびとプレーできる環境づくりに尽力してきた。苦しい状況も多かった中でチームをまとめ上げてきた三人は、全日を前に何を語るのか。じっくりとお話を伺った。

※この取材は7月31日に行われたものです。

「苦しい場面でも幹部だけは前を向こうと」(山口)

苦しい状況の中でチームを鼓舞し続けた山口

――まず、関東地区大学選手権(関東大会)を振り返っていかがですか

吉田龍 決して悪い状態で入ったとは思わないのですが、結果的にコールド負け(4回戦、1-11立大)というのは今までのチームでもなかったことなので、やはり技術的にもまだまだだったと思いますし、チームのまとまりみたいな面でもまだまだでした。自分たち幹部もいろいろとうまくできていなかったところもああいう結果につながったのかなと思います。

――前田選手は4回戦で先発されました。振り返っていかがですか

前田 いま(吉田龍が)言っていたように、状態が悪くない中で関東大会に入りました。立教がバッティングのいいチームというのはわかっていたのですが、こっちが打てずに相手にはあれだけ点を取られて、本当にまさかという感じでした。試合はあまり思い出したくもないのですが、試合よりも試合の後の方がきつくて。その時に幹部の責任の大きさというか、「すごく大変な役職に就いているんだな」というのを感じて、そこから4年生でいろいろ話をする機会が増えました。(春季リーグ戦で)優勝してから振り返るといい負けだったというか、転機になったかなと思います。

――山口選手は一塁手として出場されていましたが、振り返っていかがですか

山口 個人的には、康祐(中村、教3=早稲田佐賀)のけがもあって自分に出場機会が巡ってきた中で、チームの状態も個人の状態も悪い感じではなくて自信を持って臨んだ試合ではありました。しかし、個人的な話で言うと、自分の弱みである守備の部分で、自分のエラーから歯止めが利かなくなってしまって。今でも忘れられない、一生忘れないであろう試合だと思います。また前田もさっき言ったとおり、試合中よりも負けた後の1週間が本当に長く感じました。4年生全体で毎日ミーティングを重ねた中で、チームの運営の難しさを本当に感じましたし、でも4年生全体でチームのことを考えるという時期があったからこそもう一度まとまって(春季)リーグ戦に入れたと思います。

――春季リーグ戦序盤は苦しい試合が続きました。振り返っていかがですか

前田 東大が強かったです。

山口 関東大会から切り替えて臨んだ試合だったのですが、結果的にああいうかたちになって、結構自分たちもどうしていいかわからないというか、なんでこうなんだろうと考える時期ではありました。でも意外と引きずったりはしていませんでしたね。

前田 いやでもやべえなとは思ったよ。

山口 でも自分たちの雰囲気的には、1敗しようがそこから2勝して勝ち点を全部取れば優勝できるというメンタルでした。

前田 だったっけ? やばいなって感じだったよ。

山口 俺はいけると思ってたよ。

前田 山口だけです(笑)。自分はやべえなって。でも、ここから全部勝ち点取れば2勝1敗でいっても大丈夫って言わなきゃいけないというか。

山口 そうだね。言い聞かせていたって感じだね。それが正解かな。

――GW明けからは結果も上向いたと思うのですが、振り返っていかがですか

吉田龍 東大戦でも打てずに負けて、「このチームは打てないんだ」と割り切って、エンドランであったりバスターであったりスクイズであったりといったところを重点的にやろうと決めたのがGWの時期でした。それがうまくはまっていったのがリーグ戦後半なのかなと思います。それまではやみくもにではないですが、バットを振って打ちにいく練習をメインでやっていて。でもそれだけでは試合になったら打てないので、戦術的な練習を増やしていったことはすごく良かったと思います。

――吉田龍選手も追い込まれてからはバスターで打ったりされていますね

吉田龍 三振がすごく多かったので、何とかして当てようと思っていて。練習していく中で意外とバスターが自分に合っているというのが見つかったので、当たる確率の高いバスターを2ストライクからは使おうと自分の中で割り切って決めました。

山口 何で2ストライクからしかやらないんですか。

前田 バスターだったらめっちゃ打つんですよ。バスターだったら。みんな初球からバスターで打てって言っているのに、かたくなに聞かないんですよね。

吉田龍 いやいやそんなことないです(笑)。自分の中で打ちやすいわけではなくて。当たる確率が(バスターのほうが)高いというだけで、普通に打った方が打ちやすいので。まあこれから考えます。

――全日本出場予選会(全日予選)でも苦しい戦いが続きました。振り返っていかがですか

吉田龍 昨年の全日を懸けた関東大会(準決勝、1-2)で東洋に負けていて、今年は東洋に勝つしかないというのが自分たちの中にあった中で、0-1。本当にピッチャーが良く投げてくれたのですが、打てなくて。その後の試合(自治医大戦)は自分たちの中で、東洋戦や専修戦の時のような試合の入りはできていなかったのかなと思います。それで負けてもおかしくないような試合になってしまったのかなと。

――前田選手は自治医大戦の際、教育実習で熊本県にいらっしゃいました。試合経過などはどのようにご覧になっていましたか

前田 ちょうど実習先の中学校も大会をやっていて、自分はそっちに行かなけらばならなくて行っていたのですが、ずっと携帯で見ていて「え、終わっちゃうじゃん」って思って。しかも中学生の方も勝てる相手に負けていたので、「どっちもやばいじゃん」ってなって。そしたらちょうど中学生が逆転したので、いけるなと思っていたらこっちも逆転しました。一緒なんですね。それで安心しました。

――苦しい状況が多かった中で、幹部として意識されていたことなどはありましたか

山口 自分としては、苦しい場面でも幹部だけは前を向こうというか、マイナスな発言はやめようというのを意識していました。苦しい場面でチームを鼓舞するのが幹部の役割だし、それができる人間が三人幹部になっていると思うので、前向きに前向きに考えて絶対に諦めず、周りにもそういう声掛けをするように意識していました。

吉田龍 関東大会から春季リーグ戦までAチーム中心の練習になっていて、フリーバッティングとかでも打てていない人もいる中で試合に出ている自分たちは打たせてもらっていました。なので、少し(雰囲気が)ゆるいなと感じたら「自分たちはやらせてもらっているんだよ」ということを逐一Aチームのメンバーには伝えるようにしていました。

前田 自分は投手陣を中心にコミュニケーションをしっかりとって、リーグ戦に出ているピッチャーに関しては投げる役割を明確に示してあげて、みんなが調整しやすいようにしていました。出ていない選手に関しては、攻撃陣のためにフリーバッティングで積極的に投げてもらったりとか、ハーフで打つところもピッチャーから全力で投げてもらうという指示を出して、それにみんなしっかりと応えてくれたので、投手陣に関してはチームの勝ちのために動いてくれたかなと思っています。

――新体制対談の際、山口選手の方から「野球以外の部分も含めて日本一の集団に」というお話がありました。現在はそれにどの程度近づけていますか

山口 それを最初に掲げて、その目標はいまでも変わっていなくて。掲げている以上それがずっと課題でもあるというか、やはりチームが負けた時にはそういうところに目がいきますし。チームが本当に一つの方向に向くためには応援している選手が心から応援しなくてはいけなくて、逆に言えばメンバーは応援される選手になるということだと思います。それには技術面だけでなくて、日ごろの態度であったり、当たり前ですがチームのルールを守るという姿勢を見せていくことが大事だと思っています。やはり駄目な時はそういうところが崩れていたのかなと思います。全日が決まった後にもう一度引き締めようということで、今はチーム全体でもう一度意識付けをする期間にしています。

――前田選手からは新体制対談の際、「投手陣全体では防御率2点台、リーグ戦経験のある投手は1点台と数字を残す」というお話がありました。この春は全体的にいい結果が残せていたと思いますが、振り返っていかがですか

前田 久郷(太雅、創理4=静岡・沼津東)と清水(佑樹、スポ2=早稲田佐賀)、田中爽稀(法2=神奈川・柏陽)がすごく頑張ってくれたと思います。久郷は期待通りの活躍で、ベストナインも取ってくれました。清水がうれしい誤算というか、最優秀防御率を取るくらい安定感のあるピッチングをしてくれて。そしてシーズン終盤で先発の二人が疲れてきたときに田中爽稀がロングリリーフとして台頭してきてくれて。うまくかみ合ったシーズンだったと思います。自分としては登板数が昨シーズンより減ってしまって、それはその分田中爽稀が成長してくれたということなので投手リーダーとしてはうれしいのですが、ひとりの投手としてはすごく悔しいシーズンで、防御率も2.7とかで納得のいく数字ではありませんでした。全体としては全体で2点台どころか1点台に抑えられたので、想像以上の出来でしたね。

――吉田龍選手は個人の成績についてはいかがですか

吉田龍 本当に打てないシーズンでした。もともとそんなに打つ方は得意ではないのですが、昨年に比べて打率が下がってしまいましたし、ここまで打点を挙げられたのは初めてなのですが、それでも全てのチャンスで打てているわけではないので。チーム全体が苦しいときにそれをひっくり返すような打撃もできなくて、個人的には納得のいっていないシーズンになりました。

――山口選手は春季リーグ戦序盤までは出場機会もありましたが、その後は主にチームを支えるための働きをされていました。春のシーズンを振り返っていかがですか

山口 個人的には調子を崩したというよりかは、出ている選手が活躍してくれたので自分の出番がなくなったということなので、チームが勝っていったのは純粋にうれしかったです。その中で自分ができることは相手投手の分析だったり、選手を鼓舞して送り出すという役割だったので、自分が出れないという悔しさもありましたが、それよりもチームが勝つために自分が何ができるかを考えて行動していたシーズンでしたね。

前田 4年生はそういう割り切りも大事なので。

山口 もちろん試合に出るのを諦めているとかではないです。自分のこともチームのことも両方しっかりやるというのが幹部だと思うので、自分の役割をしっかりやりたいと思います。

「これは誰にも言っていないのですが…」(前田)

大学入学後にとある理由から挫折を味わった前田

――野球を始めたきっかけとどのようなところに魅了されたのか教えてください

前田 気づいたら始めていました。最初はただボールを投げたり打ったりみたいな。僕の地元でファンファン野球っていうのがあるんです。ピッチャー対バッターだけの野球なんですけど。それに小学校の時にドハマりしてそれで野球にハマっていきました。

――誰かに影響を受けましたか

前田 小学校の先生がボールとバットだけ買ってきてくれました。テニスコートの狭い所しか使えなかったので、そこで打った球でアウトかヒットかを判断して野球をやるみたいな。あとは休み時間とか。そんな感じでずっと野球しかやってきませんでした。

――他のお二人はいかがですか

吉田龍 小学校の時にクラスのみんなが地域の野球クラブチームに入ると言っていたので、そこでつられました。もともとは父親と家の前でテニスをやっていて、テニスが好きだったんですよ。野球は別に好きではなかったのですが、みんながやるからやるかってなりました。入って実際に練習してみたら、どんどんうまくなっていくのが分かりましたし、今までやってきたことのなかったスポーツなので、それが面白かったのかなと思います。

山口 自分も気づいたらやっていたというのが正しいと思います。お父さんも野球経験者で、3つ上のお兄ちゃんも野球をしていて。小さい頃はお兄ちゃんの試合をよく見に行っていて、お兄ちゃんの同期の人たちと一緒に遊んでもらったりしていました。いとこも高校野球をしていたので、その試合を見に行ったりとかしていました。そうしたら必然的に野球をしていて始める流れになりました。それで野球を小学3年生の時に始めました。魅了された点は、野球は打って走って投げてっていう色んな動作があるじゃないですか。それって普通何もやっていない人たちからしてみれば、めちゃくちゃ難しいことだしそれができれば単純にかっこいいなというのが一番ですね。あとは野球をやっている人は小学校の時にみんな足も速くてドッチボールでも活躍できるし、輝けるというか。色んな動作が含まれているからそこが面白いかなと思います。

前田 魅了された点言ってなかった。僕小学1、2年生の時にバレーボールもやっていたのですが、その頃ってスパイク打てないんですよ。レシーブとかトスしかやっていなくて、その面白さに自分が気付けなくて。今ではバレーボール好きですけど。その時に野球の方が面白いなと思って、野球にしました。振り返ってみると、アニメの『MAJOR』に出ている茂野吾郎君の影響で野球に魅了されたっていうのが一番ですね。茂野吾郎が大好きでそれに魅了されて、追いかけてずっと野球をやってきました。

――茂野吾郎のどういうところがかっこいいと思いますか

前田 真っすぐな男じゃないですか。自分がこうなりたいと思ったらそこに向かってブレずに頑張りますし。あとは吾郎のような周りを巻き込んでいける影響力のある人間になりたいなと小さいころから思っていました。

――野球生活におけるターニングポイントについて教えてください

山口 僕は高校の時なのですが、1年生の夏の大会で先輩方の活躍で決勝まで行けたんです。9回裏2アウトまで勝っていたのですが、追いつかれて延長10回で負けるっていう。甲子園まであとアウト1つというところまで行ったのに甲子園に出られなかった経験があって、その後もあと1勝すれば甲子園という場面が何回かありました。それでも甲子園には出られないまま高校野球が終わったことが大学野球をやるきっかけになりました。全国に出たいという気持ちで大学野球を始めました。当時の試合から、最後まで何があるか分からないからこそ絶対に諦めない気持ちであったり、あと1アウトで勝つ場面でも絶対に気は抜かないということを学びました。

吉田龍 僕は甲子園に行かせていただいたことが一番かなと思います。東京でも(秋季県大会で)ベスト8ではあったのですが、それなりの成績を残せて先輩に良いピッチャーもいて、レベルは高いと思っていたのですが、甲子園で悲惨な成績を残して自分自身も本当に納得はいかなかったですし、全国のすごいプレーヤーたちを目の当たりにして、まだまだだったんだなというのを痛感させられた瞬間でした。それから練習の意識であったり、上には上がいるということを知って、努力するということが大事ということを再認識させてくれた瞬間だったと思います。自分自身もセンバツの甲子園から夏にかけて少しずつは成長できたのかなというのはテレビの画面を見ていて感じることができました。また、今も甲子園に出ているような選手が他大にいて、そういった選手に負けないように戦っているので、甲子園の経験が今にも繋がっているなと感じます。

前田 僕はもともと内野手をやっていたのですが、中1の時に、先生が僕がバッティングピッチャーをしているのを見て「ピッチャーやらないか」って声を掛けてくれて、そこからずっとピッチャー1本でやってきました。自分のピッチャーとしての力を見抜いてくれたのが転機だったと思います。

――なぜ早稲田を選んだのかとなぜ準硬式野球部に入部したのか教えてください

前田 高校3年生の時に早慶戦を見に行ったことですね。そこで大竹耕太郎さん(平30スポ卒=熊本・濟々黌)が優勝投手になったのを見て、同じ熊本出身のすごい人が早稲田のユニフォームを着てプレーしているのがかっこいいなと思って。それまでは慶應か早稲田か迷っていたのですが、勝った早稲田に行きたいと思いました。準硬式野球部に入ったのは、硬式野球部が自分の想像以上に厳しいというか。あとこれは誰にも言っていないのですが、硬式野球部に竹田(和真、スポ4=石川・金沢)というピッチャーがいて、彼がすごい選手というのは知っていたのですが、寮生活でも部屋もすごくきれいにして、トイレのスリッパもきれいに並べていて。自分はそういうところは誰にも負けないと思ってやってきたのですが、自分よりも野球がうまくて生活面でもきっちりしている人がスポーツ推薦で入ってきて活躍するんだなと感じて。挫折というか「こいつには絶対に勝てないな」と思って、あとは自分は早い段階から試合に出て野球を楽しみたいと思っていたので。そこで自分が1年生の時にキャプテンを務めていた、高校時代の先輩の金子さん(祐介、平29スポ卒)に声をかけていただいて準硬式野球部に入りました。

吉田龍 僕は受験の方式的に早稲田に入りやすかったので、競技歴方式で入りやすくてそこで合格をもらえたので入りました。準硬式野球部には一つ上の諏訪さん(健太、平31スポ卒=東京・小山台)がいらっしゃったというのが大きくて僕自身準硬式野球部に入ろうとは思っていなかったんですけれど、サークルであったり社会人のチームにも行きました。準硬式野球部の練習に参加した時にレベルの高さや周りの先輩の人のよさを感じたので周りのみんなよりは入部が少し遅いのですが、そこで体験して自分はここでやっていきたいと思えたことが一番大きな理由です。

山口 野球も勉強もできる学校に行きたいと思っていました。早稲田大学は小学校から知っていたのですが、自分が中学生になるタイミングでちょうど地元の佐賀に早稲田佐賀高校ができました。運良く推薦で合格できて早稲田との縁を感じたので、早稲田佐賀高校に入学しました。親との約束で早稲田佐賀に入学したからには甲子園に行くことと早稲田大学に行くことを条件に早稲田佐賀高校に入学しました。高校からは親元を離れて寮生活になって、なんとか学校の勉強にもついていって早稲田大学に進学しました。準硬式野球部に入ったきっかけは徳島さん(有樹、平31スポ卒=早稲田佐賀)の影響が一番大きかったです。自分は高校3年の時からひじと肩をけがして、野球ができない状況で入学したのですが、硬式野球部に入部しました。そこでけがで何もできないまま4年間を過ごすというのが自分の中でよぎって、一旦野球から離れた時期がありました。準硬式野球部に入ったのも1年生の9月からですし、その期間で自分なりにリハビリをしながら準硬式野球部に入部するにあたって監督さんと面談をするときに、野球部にはピッチャーとして入部したのですが、野手として挑戦したいという気持ちを持って入部しました。監督さんも野手への転向の話を受け入れてくださったのと、徳島さんが誘ってくれたことがきっかけとなって入部を決意しました。

――高校野球と大学野球の違いは何だと思いますか。吉田さんは高校時代もキャプテンを務めていましたが、何か違いがあれば教えてください

吉田龍 高校時代は先生の言ったことを中心に自分たちが頑張るという感じだったのですが、大学では練習メニューや試合のメンバーも自分たちで決めています。高校の頃はキャプテンでしたが、(大学に入って)いかに先生が考えてやってくださっていたのかというのが分かりましたし、ほとんど自分では何もしていなかったんだなというのが高校の頃の感想です。逆に大学に入ってチームをつくっていくうえで色んなことを考える立場になって大変さも感じましたが、自分たちが考えてやるというのを経験できました。すごく大変なこともありましたけど、貴重な経験をさせてもらっているなというのは実感しています。

――大学野球で苦しいことなどもあったと思うのですが、「この人に助けられたな」というエピソードがあれば教えてください

前田 僕は1つ上の水野将太さん(平31スポ卒=愛知・小牧南)ですね。性格も合うというか今でも連絡もらったりもするのですが、すごく後輩のことを機にかけてくれて、自分が打たれたときはご飯に連れて行ってくれたり、電話してくれたりしました。「何か声をかけてほしいな」という時にタイミング良く励ましてくれるのが翔太さんで、すごく良い先輩を持ったなと思います。

山口 自分は2つ上に福田啓太さん(平30人卒=佐賀・鳥栖)という先輩がいるのですが、同じ佐賀県出身で、自分が初めてこのグラウンドに来た時に一番最初に声をかけてくれたのも啓太先輩でした。自分が2年生の時に自分を見失うじゃないですけれど、その時全然試合に出たこともありませんでしたし、自分がうまくなることしか考えられなかった時期でした。その時に4年生の方にお世話になる機会が多くなり、仲良くなりました。4年生の意識レベルというか、4年生がチーム全体のことを考えていることを教えてもらって、学年が上がっていく中で2年生という時期が大事なんだと、4年生と接することで気づけました。そこで「自分がチームのためにできることって何だろう」ということを他の人よりも早く感じ取ることができたのかなと思います。具体的にはスタンドの応援の態度ですね。「自分が打席に立った時に全員が応援してくれる選手になれ」という啓太さんからもらった言葉を今でも大切にしています。出ている選手が応援されるというのは逆に言えば自分がスタンドで応援している時に本気で応援していないと、実際に自分が試合に出た時に周りも自分のことを応援してくれないと思うので、自分は応援される選手になるということを頭に入れて下級生の頃は過ごしてきました。

――みなさんすごく忙しくされていますが、その中でどのようにリフレッシュして次の練習のモチベーションを上げていますか

山口 オフの時はとりあえず外に出ています。自分一人にならないことが一番大事だなと思っていますね。あとはオフの時には準硬式野球部のメンバーじゃなくて地元の友だちとかと会うようにしています。地元の佐賀を出て東京で頑張っている友だちも周りにいっぱいいるので、テニス部の古賀大貴(スポ4=大分舞鶴)みたいに違う舞台で頑張っている友だちはたくさんいるので、そういった友人と会ったら自分も頑張ろうと思えるので、それがリフレッシュになっています。

前田 自分も同じで東京にいるときは仲の良い人たちと飲みに行ったりするのですが、長期オフの時の帰省のために頑張っています。帰省して地元の友だちと遊ぶのを生きがいにして頑張っています。

――吉田龍選手はいかがですか

前田 吉田は多分チームのことで頭がいっぱいなんだと思います。ずっと野球のことを考えています。

――前田さんは地元愛がすごく強いと伺ったのですが、地元のいいところは何かありますか

前田 何も考えずゆっくり過ごせることがいいところかなと思いますし、あとは人が優しいところですかね。帰った時に「また頑張らないかんな」と思える雰囲気や町の温かさがいいところだなと思っています。

――「ふさわしい会」というのがあると伺ったのですが、どのような会ですか

前田 新宿でトレーニングしている自分、清水、菅野(太一、商4=早稲田実業)、吉川(翔、法2=埼玉・川越東)、新井健太(商1=早大学院)とかで集まって近況報告や「俺らが中心になって頑張っていこうぜ」という会を定期的にやっていこうとしています。

山口 でもリーグ戦終わりの打ち上げでチームで男として魅力のある人とない人の匿名アンケートがあって、魅力のない人の1位が前田君でした(笑)。

前田 ありがたいですよね。名前が出てくるのが。

――最下位になった理由は

山口 「ふさわしい」ってずっと言っているけど、結局ふさわしくないということですね。

前田 なので最近はあまり言わないようにしています

――今後はどうされますか

前田 口に出すことによって自分を奮い立たせるというか、こうなりたいと思った自分に「こうあれよ」っていうつもりで言ってるんですよ。それを不特定多数の人が見ていろいろ言ってきますが、自分は自分のために言っているだけであって、それをネタにされている感じですね。全然いいんですけど。絡んでもらった方がむしろうれしいので、「絡んだ人ありがとう」という感じで生きています。

――早スポや読者が知らない同じ部員だからこそわかる一面を教えてください

前田 龍平なんかは言えんことばっかですよ(笑)。

吉田龍  それは書かなくてもいいですよ(笑)。

前田 でも最近社交的になりました。

吉田龍 寝るのが好きだったのですが、外に出て人に会うのって大事だなと思って。オフの時は誰かと会って遊んだりご飯に行ったりするようになりました。

前田 山口は最近バイトばっかしています。下級生の頃は「大学生活をバイトなんかに使うのはもったいない」とか言っていたのに、最近はご飯に誘ってもバイトを理由にいつも断られてしまいます。

――何かお金を貯める理由みたいなのがあるんですか

山口 自分がバイトを始めたきっかけはお金は全然関係なくて。大学4年間という限られた時間の中で、野球だけしかやらないというのは非常にもったいないというのが理由ですね。来年社会人になりますし、そこで社会を経験するのは大事だと思いますね。今のバイトの店主が熱い人で、バイトが終わった後に酒を交わしながら人生のこととか社会の厳しさを教えてもらえます。野球以外のコミュニティができたことで、自分の人間としての引き出しを一つ増やせたのではないかなと思います。バイトをするということはそこで色んなお客さんと出会うということで、出会いが広がるということもバイトの良さなのではないかと思います。

「最高の舞台で全員で胴上げを」(吉田龍)

春季リーグ戦では胴上げの場にいなかった吉田龍

――最後に全日に向けての質問です。テストオフがおわり、これから本格的に練習をされていくところだと思いますがチームの雰囲気はいかがですか(取材日は7月31日)

吉田龍 やはり今年は全日という目標があり、そこまで3週間もない中なので、チームとしては全日に向かっていけているのかなと思います。気温も急に上がってきましたし、きついことが多いのですが、その中でみんなを奮い立たせる役割を4年生がやってくれています。内野のノックだったら山口であったり、外野も4年生たちが中心となってやってくれていいて助かっていますし、そうやって全日で良い結果を残せるようにやっていきたいと思います

――全日はどのような舞台でしょうか

前田 そこで燃え尽きてもいいと思っています。そこを目指して4年間やってきて、4年目でやっと出られたので。去年の清瀬杯(清瀬杯全日本大学選抜)も人生初の全国大会ということで気持ちが入っていたのですが、全日となると大学準硬式野球界の頂点が決まるわけなので、これまでにない意気込みでやっています。

――組み合わせをご覧になっていかがですか

前田 また東洋かと。自分は東洋にやられっぱなしというか、昨年は東洋戦で自分のせいで全日を逃しているので。この前の全日予選でも、自分は出ていないのですがやはり負けて。この大学生活で東洋に勝てていないので、リベンジする場には『ふさわしい』なと思います

吉田龍 初戦が重要だと思いますね。愛知学院大は力のある大学だと思いますし、初戦が一番難しいと思うので、そこを乗り越えられたらいけるんじゃないかなと。反対側の山には明治もいますし、決勝戦で六大学同士でやれたらいいなと思います。

山口 どこの山に入っても全国大会なので、厳しい戦いにはなると思っています。どことやろうが自分たちのやってきことを出すだけですし、全国レベルを味わえるのは楽しみですね。

――5日間で5試合という過密日程ですが、何か対策などはありますか

前田 あえて疲労がたまるように、練習や試合などのスケジュールを組んでいます。疲労に対してのケアをできるようにして、全日に挑もうかなと考えています。

吉田龍 練習試合は基本的に連戦で組みました。

――全日で勝つために必要なことは何でしょうか

前田 まず投手陣が崩れたら終わりだと思っているので、しっかり投げるというのは前提です。その上で、「6番打者が一番大事」と言って自分を6番に起用している吉田主将がリーグ戦同様打点を稼いでくれると、チームも載っていくかなと思います。なのでキャプテンがしっかりしないと駄目かなと思います。

吉田龍 いいピッチャーが出てくると思いますし、そんなにたくさん点を取ることはできないと思うので、ワンチャンスでいかに点を取れるか。もちろん自分もそうですが、自分以外でもワンチャンスをどう生かせるかというのをこの夏オープン戦や実践練習で磨いていけたらいいなと思います。あとは自分は捕手なのですが、このチームはピッチャーがしっかり投げるということが前提としてあるので、捕手としてそれをしっかり支えていきたいなと思います。

山口 自分からは、さっきの「野球以外の部分も日本一になる」という話につながるのですが、 いままでの先輩方がつくってくださった伝統というのは非常に大きいものがあると思います。全国に出れば出るほど『早稲田』というのは周りから注目される立場になると思うので、そういった意味で部員全員が『早大生』として見られたときに、「さすが早稲田だな」「早稲田は違うな」と思われるような立ち居振る舞いをしなくてはならないと思います。

――最後に全日に向けて意気込みをお願いします

前田 チームが優勝するというのはもちろん一番なのですが、個人的には東洋にリベンジしたいという思いが強くて、そこに自分も選手として絡んでいきたいです。あと登板数にこだわっていきたいと思っているので、全部で5試合ある中で、5登板したいです。登板機会をしっかり得られるようにオープン戦からアピールしていって、東洋をぶっ倒して日本一になりたいと思います。

山口 全日をずっと目指してきて出られたので、チームが優勝することが一番です。その中でも個人的には全国の舞台でプレーしたいという思いが強いので、ここ一番の場面で自分にまかせてもらえるような信頼をこの夏のオープン戦などで得られるようにしていきたいです。

吉田龍 ずっと試合に出させてもらってきて、1年生から3年生までの間は全日という舞台に出られず、出る難しさを味わってきました。新チーム結成時から全日で優勝することを目標にいままでやってきて、そこに出られて優勝できるというチャンスがあるので、逃すわけにはいかないと思います。個人の結果よりもチームが優勝できれば何でもいいのですが、優勝するには自分も打たないというけないと思いますし、チームが苦しいときに貢献できればいいなと思っています。あと、ずっと胴上げ胴上げって言ってきて、春のリーグ戦で優勝した時には僕がいない時に胴上げをしちゃったので、全日という最高の舞台で全員で胴上げをしたいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 池田有輝、西山綾乃)

全国の舞台でもチームを引っ張ります!

◆吉田龍平(よしだ・りゅうへい)(※写真中央)

1997(平9)年5月6日生まれ。173センチ、80キロ。A型。東京・小山台高出身。スポーツ科学部4年。右投右打。捕手。高校時代は小山台高の主将として活躍されていた吉田龍選手。実は弟の大晟選手も今年、小山台高の主将としてチームを西東京大会の決勝まで導きました!「あんなに小さかった弟が決勝に出ていて、捕手としての技術も上がっていましたし、自分も負けていられないのでもっと頑張ろうと思いました」と刺激を受けている様子でした!

◆前田直輝(まえだ・なおき)(※写真左)

1998年(平10)3月25日生まれ。168センチ、70キロ。A型。熊本高出身。スポーツ科学部4年。右投右打。投手。熊本県葦北郡津奈木町出身の前田選手。ご自身も所属していたという少年野球チーム・津奈木クラブが、今年久しぶりに県大会で優勝されたそうです! 津奈木クラブの皆様、おめでとうございました!

◆山口永路(やまぐち・えいじ)(※写真右)

1997年(平9)6月21日生まれ。170センチ、70キロ。早稲田佐賀高出身。社会科学部4年。左投左打。内野手。佐賀県佐賀市出身の山口選手。なんと前田選手の津奈木クラブ同様、山口選手が所属していた高木瀬小クラブも大活躍! 全国大会に出場されるそうです。少年野球界でも『がばい旋風』を巻き起こせるといいですね!