いま株を買うと危険?「落ちるナイフ」相場の正しい向き合い方

先週、8月14日のNYダウ平均株価は今年最大の下げ幅となる▲767ドル20セントを記録しました。その2日前には、アルゼンチンの代表的な株価指数であるメルバル指数が1日で38%も値を下げて取引を終えるなど、先週はいわゆる「落ちるナイフ」相場が各地で繰り広げられました。

足元では急落から落ち着きを取り戻しつつあるようにも思われますが、日本市場ははたして「落ちるナイフ」相場から脱したといえるのでしょうか。


相場格言「落ちるナイフはつかむな」

そもそも、今回のような下落相場はよく「落ちるナイフ」と表現されます。落下中のナイフをつかもうとすると、ケガをしてしまいます。「落ちるナイフはつかむな」というフレーズは、「下落相場では安易な買いを控えるべきである」という経験則を理解しやすい例で表現した相場格言として、今でも世界中で投資家にとっての常識となっています。

落ちるナイフとの対比で使われることがある表現として、「地面に刺さったナイフ」があります。地面に刺さったナイフは無害であるため、大底を確認してから株を買えばケガをすることがないということです。

「落ちるナイフ相場」を引き起こす要因は2つに大別されます。

1つは、ファンダメンタルズ要因です。これは、企業の財務情報や国家の経済情勢といった典型的な経済要因を指しています。ファンダメンタルズ要因が引き起こす下落相場は、長い場合、数年以上継続することもあります。

2つ目には、テクニカル要因があります。これは、チャートパターンや移動平均線、ボリンジャーバンドといったテクニカル分析指標を根拠とするものです。テクニカル要因が引き起こす下落相場は、比較的短いスパンで収束する傾向があります。

ちなみに、ファンダメンタルズ要因とテクニカル要因は完全に分離できるわけではありません。長期的にはファンダメンタルズ要因が相場の方向性を決めますが、その過程における株価の小さな波は無数のテクニカル要因による売買でも構成されています。

2つの要因分析から日本市場をチェック

このように、テクニカル要因はファンダメンタル要因に基づく長期的な株価変動に飲み込まれてしまいがちです。短期的な急落から戻して、日足で大きな陽線になったとしても、週足や月足ベースでは下落の真っただ中であることもあります。

そこで、いくらテクニカル分析ツールが買いを示唆したとしても、ファンダメンタルズ要因で正当化できない価格がついているのであれば、テクニカル分析ツールが発する売買シグナルはいとも簡単に破られてしまいます。

では、日本市場は「落ちるナイフ」相場から脱したといえるのでしょうか。確かに、日本ではNYダウ平均が急落した翌日の8月15日に一時400円以上の下落を記録する「落ちるナイフ」相場となりましたが、8月16日から8月20日にかけて、その下げ幅を取り戻しました。

この事実だけをみると、「落ちるナイフ」相場は8月15日限りで終わり、それ以降については「地面に刺さったナイフ」の状態であるようにも思われます。テクニカル要因の観点からいえば、2019年6月の安値水準である2万0,400円台がサポートライン(下値支持線)となって株価は反発したという説明もつきそうです。

では、ファンダメンタルズ要因の観点ではどうでしょうか。今回は、内閣府の景気動向指数の1つである先行指標のCI(コンポジット・インデックス)と日経平均株価の推移を比較して検討してみたいと思います。

日本市場は「落ちかけのナイフ」?

景気動向指数のうち、CIはさまざまな経済指標を合成した指数であり、景気の“山”の高さや“谷”の深さのみならず、景気拡大や後退の勢いを確認することができます。今回使用するCI先行指数は新規求人数をはじめとした、景気に先行する代表的な11指数を合成したものです。

下図は、バブル期から現在に至るまでの日経平均株価に内閣府のCI先行指数を重ねたものです。

ここ30年程度の状況をみると、CI先行指数は80ポイントを割る水準が景気の“谷”となり、100ポイント近辺が景気の“山”となる傾向があるようです。バブル期の1980年代後半では、株価の上昇と比較してCI先行指数の伸びには息切れ感がある状態であり、過熱相場であることが示唆されています。

反対に、サブプライムローン問題を発端とした2007~2008年の世界金融危機辺りで比較すると、CI先行指数が急激に戻したにも関わらず株価は低迷を続けており、その後の株価回復を示唆しているようにもみられます。

足元の株価は2万円台で膠着した状態です。一方で、CI先行指数の動きは2年近く下落基調を示しています。景気が“山”と“谷”のサイクルを繰り返していくことを考えれば、景気の“山”となる水準は2014年ごろにピークになっているともみられ、今後は“谷”を探しているという状態であるようにも思われます。

このように考えると、日本市場は「落ちるナイフ」というよりも、むしろ「落ちかけのナイフ」ともいえる状況である可能性が否定できません。仮にこのままCIが下落していけば、直近の安値水準2万0,400円台がサポートラインであるというテクニカル要因からの説明も正当化できなくなってしまうでしょう。

ナイフは落ちかけが一番危ない

「落ちるナイフはつかむな」という言葉のイメージのせいで、「落ちるナイフ」よりも「落ちかけのナイフ」をつかむことが一番危ないということが見過ごされがちです。

落ちるナイフをつかむ場合、すでに株価はある程度下落しています。そのため、下落前に購入した投資家よりもダメージは少なくなります。購入理由が値ごろ感であることも幸いして、心理的にも損切りしやすい状態にあるといえるでしょう。

一方で、落ちかけのナイフをつかんでしまうと、本格的な下落はこれから発生することになります。そのため、相場下落のダメージを最も受けてしまうのは、落ちかけのナイフをつかんだ投資家です。購入理由が値ごろ感ではなく、しっかりと考慮したものであればあるほど、心理的に損切りが遅れてしまいがちです。

そのため、ファンダメンタルズ要因から「落ちかけのナイフ」パターンが疑われるような状況においては、取引の時間軸を短めにしたり、ポートフォリオに占める現金の割合を引き上げたりすることで、突発的な下落のダメージに備えることができるでしょう。

積み立て投資のような長期的観点の投資を行っている方については、積み立てる間隔を少し広げるなどして、1回当たりの積み立て金額を下げるという対策も有効です。「落ちるナイフ」相場の後には、もっと大きなナイフが落ちそうになっていないかという「頭上確認」を怠らないようにしておくことが肝心なのです。

<文:Finatextグループ 1級ファイナンシャル・プランニング技能士 古田拓也>

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