未曾有の原発事故をドラマ化したエミー賞候補作品「チェルノブイリ」

未曾有の原発事故をドラマ化したエミー賞候補作品「チェルノブイリ」

1980年代の米ソ冷戦下の旧ソビエト連邦、そして全世界を震撼させたチェルノブイリ原発事故。現代史上最悪の悲劇として、凄惨な爪痕を残す出来事をドラマ化。86年4月26日未明、爆発事故の起きたチェルノブイリ原子力発電所では何が行われていたのか。未曾有の事故を受け、政府はどのような対応を取ったのか。そして、事故の被害はどこまで及んだのか。その全貌が明らかになる。

物語の中心にいるのは、真相究明にあたる高名な科学者、事故対応を指揮する大物政治家、彼らに協力する核物理学者の3人。それぞれの立場で事故と向き合う彼らが、現実を知れば知るほど、真相に近づけば近づくほど、リアルな絶望感が静かに膨らんでいく展開が恐ろしい。また、市井の人々からも目を背けられないところで、発電所の消火作業で被爆した消防士の身重の妻、事故発生地域で動物の殺処分任務にあたる兵士ら、事故と無縁でいられない者たちのドラマも真摯に描かれていく。

真実とは何か。真の勇気とはどんなものか。30年以上前の現実をえぐりながら普遍的な警鐘を鳴らす内容、それを心の奥底に訴えかける映像が高い評価を呼び、9月23日に迫るエミー賞でも19ノミネートを獲得。遠い国の遠い過去の話として受け止めることなど、決してできない。力強い真実の物語を、今こそ目にするべきだ。

【CAST INTERVIEW】

ジャレッド・ハリス(ヴァレリー・レガソフ 役)

── 演じたキャラクターについて教えてください。

「私が演じたのは、チェルノブイリ原子力発電所事故の調査委員会の責任者であり、開いてしまったパンドラの箱をいかにして閉じるかを模索したヴァレリー・レガソフという科学者だ。ある朝、突然選ばれ、その日の午後には世界中で最悪の場所に行かされていた人物。彼は生まれつきの英雄じゃない。もしも彼に『ほかの誰かに任せることができたとしたら?』と尋ねたら、間違いなく『そうしてくれ』と答えただろうね。でも、これは自分がやらなければならないと悟り、終わるまで逃れることはできないと自覚したんだよ」

── 本作はレガソフの自殺から幕を開けます。なぜ彼は自殺したのだと思いますか?

「彼が命を絶った日は、彼が政治局にすべてが順調である、という虚偽の報告書を提出するはずの日だったんだ。彼は真実を白日の下にさらしたかった。まだ未解決の問題があったからね。だから、彼の自殺には目的があったんだ」

── ヨハン・レンク監督との仕事はいかがでしたか?

「ドラマの最初から最後まで1人の監督が手がけるのは、素晴らしい決断だったね。エピソードごとに新しい演出家に説明し直す必要がないんだから。ヨハンはとても率直で単刀直入で、自分の求めているビジョンが明確なんだ。しかもいつも同じスタッフたちと仕事をするから、みんな気心が知れていてすべてがスムーズに運ぶんだよ。多国籍チームで、カメラクルーはスウェーデン人、音響はフランス人、助監督たちはイギリス人。ほかにもリトアニアのスタッフがいたよ。ヨーロッパで撮影をする場合、これはとても珍しいことなんだ」

── リトアニアの廃炉で行われた、本物の原子力発電所での撮影はいかがでしたか?

「気味が悪かったね。とても厳重だったよ。いつも外にはマシンガンを持った男が立っていたんだ」

── 実際のチェルノブイリ原発事故が起こった時、どんなことがありましたか?

「『外出禁止、特に雨の降る日は禁止』という警告が出たのを覚えているよ。当時はロンドンにいてね、牛乳が飲めなくなった。ほかにもウェールズ産のラム肉も販売禁止になって、急にニュージーランド産のラム肉なら大丈夫ということで市場にお目見えしたことも覚えている。みんな何か災害が起こると、ノストラダムスの予言のことを騒ぎ立てて、チェルノブイリも予言していた!なんて言い出した。あの時は大騒動だったよ」

── 今、あの事故を振り返ってみて、衝撃を受けたり驚いたことはありましたか?

「私の心に残ったのは人々の英雄的な行動だ。あの事故からそんな話は聞いたことがなかったから。あれは取り返しのつかない大失敗の話として語られているけれど、私がこの物語を通じて印象に残ったのは人々の勇気なんだ。彼らは事故発生後、自分たちは生き残ることができないとすぐに理解したはずなのに、事態が悪化するのを食い止めようと行動した。彼らが自分たちを犠牲にしたという部分の物語はあまり知られていないし、彼らがソ連を動かそうとしたことは語られていないのさ。ゴルバチョフは『これでソビエト連邦はおしまいだ』と語ったそうだ。核戦争など絶対に起こすことはできないと悟ったんだ。この惨事を収束させるだけでもかなりの困難なのに、核兵器など使えるはずがない、世界を破壊してしまうだろうとね」

── 現在、この物語を伝えることについてどう思いますか?

「これは誤った管理が招く悲劇について描いた警告の物語でもある。今までに伝え聞いていることに疑問を投じる物語があることは、いつだって良いことだと思う。それに最も大きな代償を払うことになるのも、最初に被害を受けるのも無関係の人々なんだよ。本作の基になった書籍の一つに“チェルブイリの祈り(Voice from Chernobyl)”というのがあって、そこには胸が痛むほどの彼らの体験、苦しみ、喪失が綴られているよ」

ステラン・スカルスガルド(ボリス・シチェルビナ 役)

── 演じたキャラクターについて教えてください。

「私が演じたのは、チェルノブイリ原子力発電所事故の収束作業と事故処理を命じられた旧ソ連の(閣僚会議)副議長、ボリス・シチェルビナだ。当初、彼らは単なる水槽タンクの小規模な爆発事故だと思っていたんだ。ところが、科学者とシチェルビナがヘリコプターで現地に赴いてみて、これは本当の大惨事だと悟るんだよ。2人は約2年間、共に作業にあたるうちに、お互いへの絆を深めていくんだ」

── 演じたキャラクターは実在する人物です。本人の映像は見ましたか?

「いいや、見たのは写真だけだ。シチェルビナについてはあまり資料がないんだ。ロシアには一部あるようだけれどね。基本的に脚本に沿って演じたよ。彼は長く政治の世界に身を置きつつ、そこで生き残ってきた人物だ。ところがあの事故現場とそれが招く惨事に衝撃を受け、作業をこなす中で何かを学んでいく人物なんだよ」

── 今回の役どころで最も難しかった点は?

「科学用語を使いこなしながら、あの爆発を説明しなければならなかったことかな。ゼラニウム、ウランと難解な用語と感情表現の組み合わせは、どうにも相性が良くないね。とてもやりにくかったよ。あと、人生初の付け眉毛をしたけど、これは面白い体験だったね。ちょっと眉を寄せるだけで100m先からでもみんなに見えてしまうんだ。だから、いつもよりも少し大げさに演じることになったよ」

── 本物の原子力発電所での撮影はいかがでしたか?

「廃炉になっている原発だよ。とはいえ、廃炉作業を完了させるのに30年の歳月を要するというから、すべてが非常に危険なことには変わりないよね。われわれに対しては細心の注意が払われていたから、危険を感じたことはなかったよ」

── 実際のチェルノブイリ原発事故が起きた時の記憶はありますか?

「とてもよく覚えているよ。最初はスウェーデンの原子力発電所の報告から、あの事故が発覚したんだ。天候の影響でわれわれは1年間にかなりの線量の放射線をあびたよ。数年間、鹿肉は食べられなかったし、スウェーデン北部産のマッシュルームは完全に無理だったね」

── 現在、この物語を語り継ぐことは重要だと思いますか?

「もちろんだ。このドラマは原子力技術についてだけの物語ではないからね。ソ連が財政的な理由からそうしたように、政治のうそを描き出している。さらに原子力の威力についてもね。スウェーデンでは原発について何年か前に国民投票が行われて、私は反対に票を投じたよ。でも今、反対するかと問われたら分からない。何しろ現在の世界情勢は非常に恐ろしいからね。化石燃料の使用をやめるべきだが、そうなると原子力が答えになってしまう。どうするべきかを答えるのはとても難しい。さまざまな議論が必要だね」

── 監督との仕事はいかがでしたか?

「ヨハンとはずっと仕事をしたいと思っていたんだ。数年前に彼の初の長編映画に出演する予定だったが実現しなかったからね。とてもすごい人物だよ。決して冷静さを失うことなく、ずば抜けたエネルギーと集中力で今回の長期間の撮影を成し遂げ、どのシーンも最良のものをくみ取って完成させたんだ」

── エミリー・ワトソンとは「奇跡の海」(96年)以来、約20年ぶりの共演ですね。

「エミリーと再会してまた一緒にいられてうれしかったよ。『奇跡の海』のエミリーは本当に素晴らしかった。そして、今回はあの時とまったく異なるキャラクターを演じていた。彼女のキャラクターは落ち着いていて、屈強で、熟練した女性で、エミリーはとても見事に演じ上げていた。あの大きな青い瞳を見つめているだけでも彼女の魅力に吸い込まれそうになる。優れた女優だし、美しい人だね」

エミリー・ワトソン(ウラナ・ホミュック 役)

── 演じたキャラクターと、この悲劇的な事故の中での役割を教えてください。

「私の役はウラナ・ホミュックといって、さまざまな科学者を組み合わせて作り出した複合的なキャラクターよ。チェルノブイリから離れたベラルーシ原子力機関にいたのだけれど、放射線の警報装置が動きだしたことでどこから放射線が出ているのかを探り出すことになるの。非常に優秀で意志が強い科学者で、チェルノブイリまで車を運転していって関係者を説得して、やがて信頼のおけるチームの一員になる。ジャレッド・ハリス演じるレガソフは、彼女に事故の真相解明を依頼するのよ」

── 脚本を手がけたクレイグ・メイジンは、あなたを想定しながらこの役を執筆したと語っていました。

「彼からそう言われた時は本当に光栄だった。きっと彼も、私の見せかけの知性にだまされた大勢のうちの1人だと思ったわ(笑)。とにかく今回は、嵐の渦中に身を投じて、禁じられた真実を明らかにしようとする人物を演じるという素晴らしい挑戦になった。クレイグの優れた表現力のおかげでそれが説得力を帯びたし、力強く描かれていたと思っているわ」

── 何かリサーチはされましたか?

「ベラルーシの歴史に目を通してみて、20世紀に人が暮らすには世界で最も危険な場所だったことを知ったわ。監督のヨハン・レンクから、私たちが見るようにと指定された参考映画の一つが『炎628』という85年に制作されたロシア映画で、ナチスがベラルーシのとある村に侵攻してくる物語だったの。彼らの暴虐はとにかくすごかった。私の演じたキャラクターは、そのころまだ幼い子どもだっただろうから、とてつもないトラウマと残酷な行為を経験しながら成長したと思うの。生き残るためにも彼女はタフでなければならなかったのよ」

── ジャレッドとステランとの共演はいかがでしたか?

「私の長編デビュー作『奇跡の海』でステランと共演できたことは、とても意味深い経験だったの。彼からは貴重なアドバイスをいくつももらったし、私のキャリアを通じてそれらは生かされているわ。だから、彼との最初の数テークはぎこちなかったけれど、すぐに古くからの友人同士のように打ち解けることができたの。ジャレッドとはすぐに仲良くなった。ある朝、本当はリハーサルをする予定だったのに、2人で談笑して長い時間を過ごしたわ。彼は妥協を許さない自分に厳しい人よ」

── これは歴史作品でしょうか? それとも現代に通じているストーリーだと思いますか?

「このドラマは真実を明らかにすることと、エネルギーの本質を知り、それをどうコントロールしていくかを描いているわ。このふたつは今も緊急の対応が必要なことだし、その対応次第で私たちの目の前で歴史が変わっていく気がするほどよ。政治面においても非常に洞察力のある、今に通じる作品になったと思うわ」

【番組情報】


「チェルノブイリ」

9月25日スタート
スターチャンネル2
水曜 午後11:00~深夜0:15ほか(字幕)

9月30日スタート
スターチャンネル3
月曜 午後10:00~11:15ほか(二カ国語)

監督/ヨハン・レンク
製作総指揮/キャロリン・ストラウス ジェーン・フェザーストーンほか
出演/ジャレッド・ハリス ステラン・スカルスガルド エミリー・ワトソンほか(全5話)

文/渡邉ひかる、月刊TVガイド編集部

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