トランプ大統領の対抗馬は誰? 本番は来年11月でも佳境に入った米大統領選

2020年アメリカ大統領選挙はトランプ大統領が6月中旬に再選出馬表明を行ったのに続き、6月下旬から民主党予備選候補の討論会が早くも開始され、7月下旬には2回目の討論会が行われています。討論会以後も民主党側では支持率トップのバイデン前副大統領とそれに続く、各候補が舌戦を繰り広げています。

しかし、予備選の最初の戦いとなるアイオワ州党員集会は7カ月以上先で本選挙の2020年11月3日までは1年をゆうに超えます。2020年アメリカ大統領選挙の予備選について、来年からが本番なのに、なぜ今「佳境に入った」ようにみえるのか、読み解いてみます。


2つの戦い

4年ごとのうるう年に定期的に行われるアメリカの大統領選挙には、選挙の仕組みも候補者の戦略も異なる2つの段階があります。第1段階が民主・共和両党の党内の代表を決める「予備選」であるのに対し、第2段階はそれぞれの党の候補者同士が戦う「本選挙」です。こちらの「本選挙」が「大統領選挙の日」であり、11月の第1火曜日(正確には「11月第1月曜日の後の火曜日」で、火曜日が1日となる場合には8日となる)に、全米50州と首都ワシントンで行われます。2020年には11月3日になります。

予備選とは

今回、焦点を当てるのは、民主・共和両党の党内の代表を決める予備選の方についてです。予備選については、例年日程は変更されるものの、大統領選挙が行われる年の前半で行われ、夏の全国党大会で正式に党の指名候補が決まります。

各州で行われる予備選には、参加者の話し合いで候補者を決める「党員集会(コーカス)」と、通常の投票の「予備選(プライマリー)」の2つがあります(予備選段階そのものも「プライマリー」なので名前は紛らわしいのですが、いずれにしろ、「党員集会」を取る州と「予備選」を取る州があります)。

他の州に先駆けて、「党員集会」はアイオワ州、「予備選」はニューハンプシャー州からスタートすることが両党の党内のルール、さらには各種の州法で決まっています。「党員集会」と「予備選」のいずれも全国党大会に送る「代議員」の数を争います。各州に割り当てられた代議員の数は「党員集会」と「予備選」の結果で各候補に割り当てられていきます。各候補は全国党大会までにこの代議員の数の合計を競う形です。

2020年の場合には2月3日にアイオワ州党員集会、11日にニューハンプシャー州予備選から始まり、州ごとに戦いの火ぶたが切られます。その後、各州の「党員集会」「予備選」が集中する3月3日のスーパーチューズデーなどを経て、夏の全国党大会(民主党は7月13日から、共和党は8月24日から)に各州が送る代議員の過半数を確保した段階で、「当確」となります。

もし、過半数を確保できなければ、全国党大会までに「当確」とならないため、全国党大会での投票が大きな勝負となります。すでに脱落した候補の分の代議員がどの候補に行くのかが大きなポイントとなります。

足の引っ張り合いが続く民主党

また、これまで民主党側は全代議員数の2、3割を「特別代議員」として党のリーダーたちを中心に割り振っていましたので、「特別代議員」が全国党大会を決める「ラスボス」でした(民主党の「特別代議員」制度は2020年には大きく改革され、全国党大会の第1回目の投票には「特別代議員」は参加できず、もし、第1回目で過半数を確保する候補が出ない場合だけに投票か許されるようになりました)。

政権を奪還したい民主党は、バイデン前副大統領など、現在、20人以上の候補が乱立し、足の引っ張り合いが続いています。共和党の方も予備選段階があり、対抗馬もいないため、無風で現職のトランプ大統領が勝ち抜くはずのは間違いないです。ならば共和党は予備選段階を経なくてもいいというようにみえますが、それでも予備選を開くのは、予備選での選挙そのものがトランプ氏への支持固めになります。また、各州の予備選挙や党員集会は、同時に上下両院の議員候補や州知事候補の予備選の日でもあるため、そちらへの参加を確保するため、不可欠です。

<写真:ロイター/アフロ>

なぜいまが「佳境に入っている」のか

民主党側に話を絞ります。実際には来年2月から始まるものの、それよりも半年も前のいま、米国のテレビニュースでは連日のように「バイデン氏が一歩リード」「ハリス氏が急浮上」「行き詰まるオルーク氏」などの詳細な報道が続いています。トランプ大統領と民主党の各候補の支持率の比較で、「トランプ氏、危機」などといった報道もあります。

まさに「佳境に入っている」かのようにみえますが、実際には討論会以外はまだ、全く何も始まっていません。すべてが世論調査の結果や選挙献金の多寡についてばかりで、いってみれば「バーチャルな戦い」でしかありません。

どうしてこうなっているのか。それには候補者側の心理と戦略と選挙制度の変化が大きく関連しています。今は実際の選挙の前年ですが、ほとんどの候補はいまよりも1年ほど前から選挙運動を始めてきました。この長期戦が一般的となっており、予備選段階が前倒しになることで、選挙運動がかつてよりも長期戦になっています。

なぜ、そうなるのか。アイオワ州やニューハンプシャー州など予備選段階の最初に争われる州での早期の選挙運動が大きな影響を与えるためです。予備選段階の最初に開かれる党員集会や予備選挙で健闘すれば、全く無名の候補でも一気に知名度は一気に高くなります。つまり、誰にもチャンスがあるため、できるだけ早めに選挙戦を開始しなければ負けてしまいます。この思いから選挙運動の開始がどんどん早くになっており、支持率だけを争う「影の予備選(シャドー・プライマリー)」が選挙開始の1年以上前から白熱します。

「予備選の民主化」と「候補者中心選挙」

長い選挙が始まったのは、1976年選挙でした。その年、全く無名のジョージア州知事のカーター氏が選挙年の前年から、アイオワ州やニューハンプシャー州に乗り込み、地道な選挙運動を続けてきました。実際にアイオワ州で2位、ニューハンプシャー州で1位と両州で大健闘しました。その時、アメリカのメディアは「ジミーとは誰だ(Jimmy, Who?)」と連日大きく報道し、カーター氏の知名度も高くなっていきました。その後もブラウン氏(当時のカリフォルニア州知事で、長年のブランクの後、再び2011年から2019年1月まで同州知事)ら大物ライバルを破って、民主党の指名候補を獲得しただけでなく、現職のフォード大統領を破りました。

それでは、この年に何が変わったのか。それは予備選そのものの民主化が進んだためです。それまで「キングメーカー」として、候補者選定に強い影響を与えていた、各州の政党主導部の力を削ぐ改革が導入されました。

それまでの予備選段階は前述の「党員集会」ばかりであり、地元の名士でもある各州の政党主導部のお気に入りの候補者が選ばれていました。しかし、あまりにも大統領候補の選出方法が不透明であるという批判が高まっていました。

そして、改革の大きなきっかけとなったのが、シカゴで開かれた1968年民主党全国党大会でした。この大会では、ベトナム戦争への反戦を唱えたマッカーシー氏やマクガバン氏の人気が高かったのですが、政党主導部の意向でそれまで立候補すらしていなかった当時のハンフリー副大統領が突然、指名候補になってしまいました。この選出方法をめぐって全国党大会会場外で暴動が起こり、逮捕者まで出ました。その時の反省から予備選段階の民主化が進み、導入したのが、通常の選挙の「予備選挙」であり、「党員集会」の数は一気に減りました。

当然、候補者を決める際の党のリーダーの影響力は少なくなります。同時に、候補者が自由に選挙戦を行う「候補者中心選挙」となっていきました。「候補者中心選挙」とは、結局のところ、有権者に自分をいかにうまく見せるかに他なりません。つまり、テレビを中心とするメディアに自分をいかにうまく取り上げされるかがポイントとなります。

そして、政党に替わり、メディアが候補者選定に決定的な影響を与える「キングメーカー」になっていきました。それが現在に至ります。そもそも「候補者中心選挙」でなければトランプ大統領は登場しなかった、といえば分かりやすいかもしれません。

予備選日程そのものの「前倒し」

カーター氏の勝利以降、候補者たちは選挙年の前年や2年前からアイオワ、ニューハンプシャー両州で選挙運動をするのが一般的になりました。実際、両州の戦いについての報道の量も極めて多いのです。「アイオワ州の農家を支援する政策」などを各候補がこぞって強調するようになりました。このことが他州の不公平感を高めることにつながります。多くの州は自分の州へのメディアの注目を増やし、各候補に自分の州に関連する政策を公約にさせようと、両州にできるだけ近い段階で予備選・党員集会の日程を組むようになっていきました。

その結果、かつては選挙年の6、7月が山場でしたが、近年は3月末くらいまでに代議員数の過半数が決まることも一般的になりました。これを予備選の「前倒し(フロント・ローディング)」現象といいます。たとえば2020年の民主党の指名候補争いの場合、上述の開始から1カ月のスーパーチューズデーまでに約4割の代議員が各候補に割り当てられます。

生き残りの戦い

現在の民主党の指名候補争いが激しくみえる背景には、選挙戦術の変化と予備選日程そのものの前倒しという制度的な問題があります。実際の投票は先だが、「佳境に入る」段階であるといっても過言ではないのです。これから年末にかけて20人以上いる候補者の中で、数人に絞られていきます。当面、「バイデン氏下ろし」「トランプ氏たたき」という2つの基調の中、ウォーレン氏対サンダース氏の民主党の最左翼争いが続きます。世論調査で5ポイント程度の支持しかないブッカー氏、オルーク氏以下の立候補者はなかなか厳しいのですが、注目を集めるためにユニークな主張を展開し続けるのではないでしょうか。また、年明けになったら、上述の特別代議員制度の改革も何らかの戦い方に変化を生むのかもしれません。激しい生き残りの戦いが続きます。

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