「サッカーコラム」J1広島の左サイド・柏好文が体現するサッカーの楽しさ

FC東京―広島 後半、先制ゴールを決め、駆けだす広島・柏=味スタ

 どれだけ好きなことであっても、それが仕事となれば楽しいことばかりではない。このような話はよく聞くが、Jリーガーもそうなのだろうか。猛暑のなか、90分間も走り回ることを考えると、中には嫌気が差している選手もいるに違いない。それでもやり切るのだから、トップアスリートというのはやっぱりすごい。

 そんなJリーガーを見ながら、仲間内で話題に上がることがある。それは「この選手は、サッカーをやっていて楽しいんだろうな」というものだ。とはいえ、観客にそのような印象を与える選手は、必ずしも多くない。その意味でJ1広島のMF柏好文は、見ている人たちに期待感を抱かせる貴重な存在だ。

 身長は168センチ。決して大柄ではない。しかし、どこにそれほどまでのスタミナがあるのかと感心するくらい、エネルギッシュな運動量で左サイドライン際を激しく駆ける運動量を見せつけられると、どこにそれほどまでのスタミナがあるだろうかとため息が出てしまう。しかも、ボールを持つと切れ味鋭いドリブルで相手を翻弄(ほんろう)し、そのアイデアも豊富。次、どのようなプレーをやったかを「一拍置いた後」に観客が納得する。つまり、相手にすれば何を仕掛けてくるか分からない選手ということだ。

 リーグ最少失点(16点)のFC東京と、同3位(18点)の広島が対戦したJ1第23節。午後7時からのゲームとはいえ、気温は32度もあった。当然、インテンシティの高い試合など望むほうが無理というもの。堅い守備を基盤に、いかに効率的にプレーするが勝敗を分ける鍵となった。

 前半のFC東京は、最終ラインと中盤がきれいに二つのラインを形成し、ブロックを敷いて守備を固めた。これに対し広島はボールを回し続ける。しかし、ペナルティーエリアに侵入することはできず、両者ともに決定機を作ることはできなかった。前半のシュート数はFC東京が2本、広島が1本。この数字が、そのまま試合内容を表していた。

 “サッカー”としては楽しめない試合は後半、動く。そして、最終的に決勝点となった唯一の得点は、駆け引きやスペースの使い方、GKのタイミングを外すシュート技術という意味で見どころの多いものだった。

 広島の攻撃をけん引する3―4―3の左サイド。ウイングバックの柏は、この日も両チームを合わせて2番目に多い19回のスプリント(時速24キロ以上)を見せた。その左サイドの仕掛け人が後半16分、川辺駿と二つのわなを仕込んだコンビネーションプレーで見事な得点を奪ってみせたのだ。

 一つ目のわなは、堅固なFC東京の守備組織にスペースを作り出すことだった。柏はあえてライン際に位置して、青山敏弘のパスを受けた。このことで、FC東京の右サイドバック室屋成を自分に食いつかせることに成功した。その室屋がいなくなったスペースに川辺が入りこむと、すかさず縦パス。今度は川辺をマークするために、FC東京のMF大森晃太郎が戻ってきた。これが二つ目のわなだった。

 いままで入り込むことができなかったペナルティーエリア左角のスペース。ゴールマウスまで直結する「花道」が、大森が下がったことでぽっかりと空いたのだ。そのスペースに走り込んだ柏に向けて、川辺が絶妙のタイミングでパスを戻した。トップスピードに乗っていたので、決して簡単なプレーではない。だが、柏はワンタッチでボールをコントロールすると、ツータッチ目に右足で強烈なシュートをたたき込んだ。それも狭いニアポスト際にだ。

 その高い技術もさることながら、頭を使い、狙い通りの形を作り出せたのが喜びをより大きくさせたのだろう。試合後の柏は上気した顔で次のように説明してくれた。

 「(相手)サイドバックの裏のスペースに入っていったというところが一つのポイントになった。僕個人もハヤオ(川辺駿)を見逃さず、そこを使って2列目からもう一回入れた。練習からやっている形でした」

 ニアポストを突いたシュートに関しても尋ねると「まあ、適当です。『適当』と書いておいてください」と笑いながら、こう続けた。「ずらして打てたから(GKは)タイミングを取りづらかったんだと思います」。こちらも考えた末のプレーだったのだ。

 それにしても感心する、最後までスピードが落ちず、よく走って守備もする。そして、攻撃面では得点ランキングで14位となる自己最多の7得点目を記録している。上位13人がストライカー的ポジションだということを考えると、ウイングバックの選手としては驚異的決定力だ。

 独走気味だった首位チームを自らの力で立ち止まらせ、自分たちは勝ち点9差の4位に浮上し一歩近づくことができた。残り11試合。追いつく可能性はまだ十分にある。しかも、FC東京は、ラグビーのワールドカップ(W杯)開催の影響でアウェイでの8連戦が控えている。ホームに戻ってくるのは、コートを羽織る11月23日と現時点で想像もつかないはるか先だ。

 「自分たちは9戦負けなし。いま攻撃の部分も守備も自信を持っています」

 無尽蔵のスタミナを誇る、“若き”32歳。なによりもサッカーをする姿が楽しそうに見える左サイドの職人が、広島を引っ張り、優勝争いを最後まで盛り上げてくれるはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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