今治タオルで炎上騒動、繊維産地を悩ます“おカネの問題”

NHKのドキュメンタリー番組「ノーナレ」で6月、愛媛県今治地域の縫製工場で働くベトナム人技能実習生たちの過酷な労働実態が放送されました。「産地ブランドのトップランナー」と評価される今治タオルの生産地で起こった、悲惨な事態はSNSで炎上し、不買運動にまで発展しました。

今、日本が誇る繊維産地に何が起きているのでしょうか。関係各所を取材すると、産地が抱える“おカネの問題”が浮かび上がってきました。


無関係の企業まで中傷される事態に

「ノーナレ」はその名の通り、いっさいナレーションがなく、登場する人たちの会話などで構成されています。6月の放送では、ベトナムから来た技能実習生たちが、窓のない寮で生活し、縫製工場で長時間タオルを縫う状況を取り上げました。

工場の場所について今治地域という直接的な表現はありませんでしたが、映像や登場人物の言葉から、今治地域にある縫製工場と推測される内容でした。番組に映り込んでいた、関係のない企業がSNSで中傷されてしまう事態にもなりました。

価格の安い輸入品に押され、国内の繊維の事業所数が減る中、今治タオルは産地のブランド化に成功した“優等生”です。2006年、大企業や大学のブランディングを手掛ける佐藤可士和氏がブランディング・プロデューサーに就き、再生プロジェクトが始まりました。

吸水性を保証するために、タオル片を水に浮かべた時に5秒以内に水に沈み始めるルールなど厳しい品質基準をつくり、今治タオルのブランド力を高めてきたのです。「ジャパンブランド」として海外でも知名度が高く、東京・南青山にある今治タオルのショップには、多くの外国人観光客が訪れます。

法令違反の過半数が繊維業という実情

ノーナレの放送を受け、地元のタオルメーカー104社でつくる今治タオル工業組合は、ベトナム人技能実習生に長時間労働させたとされる会社が、組合員の企業が縫製を委託していた企業であることを認めました。

同組合は「技能実習生の労働環境の改善を最優先に考えた対策を進める」との声明を出し、実習制度について研修会を開くなど、産地を挙げて改善に取り組む構えです。組合の担当者は「他の日本の繊維産地と同じで、今治地域も人手不足に陥っています」と、実習生に頼らなければならない厳しい状況を説明します。

法務省によると、2017年に外国人技能実習生に対する長時間労働や賃金不払いなどの法令違反とされた183件のうち、「繊維・衣服関係」は94件と過半数を占めています。

繊維産業を所管する経済産業省は事態を重く見て、2018年3月、業界団体などと「繊維産業技能実習事業協議会」を立ち上げ、改善に乗り出しました。協議会では、技能実習生の労働実態を調べるためのアンケートや、サプライチェーン全体で情報を共有する取り組みを進めています。

国内の繊維産業の現状とは?

なぜ繊維産業は、これほどまでに外国人技能実習生への法令違反が多いのでしょうか。経産省は、アパレル企業から下請けの縫製工場への発注工賃が低いこと、アパレル企業が下請け工場で働く技能実習生の労働実態をほとんど把握できていないことなどが背景にあるとみています。

実際に経産省が2017年、国内の縫製工場などに行ったアンケートによると、「最低賃金が引き上げられた時にも、発注工賃を引き上げてもらえなかった」と回答した縫製工場は65%にも上っています。

流行の服を低価格で売るファストファッションの流行で、国内の縫製工場はより安く作れる海外に生産の場を奪われています。2017年の衣料品の輸入浸透率は数量ベースで97・6%で、国内生産は3%ほどの状況です。下請けとして安い加工賃しかもらえず、働き手が集められずに苦しむ縫製工場があるのが実態です。

また、今年4月から始まった、外国人の新しい在留資格「特定技能」の対象になる14業種の中に、繊維産業は含まれませんでした。人手不足が深刻なだけに、繊維関連の企業からは「特定技能の対象にしてほしい」との声が上がりますが、経産省は「技能実習制度の適正な取り組みをなおざりにはできない」と、まずは業界全体で、技能実習生の労働環境の改善を進める考えです。

現状を変えろ!動き始めた繊維産地

このように厳しい状況に置かれている日本の繊維産業ですが、ブランド化を進める産地や、世界に販路を開拓する企業も出てきています。

奈良県の「靴下ソムリエ」のロゴマーク

靴下の生産数量が日本一の奈良県では、2017年に奈良県靴下工業協同組合が「靴下ソムリエ」の資格認定制度をスタートさせました。靴下の歴史や種類、製造方法など100問が出題され、正答率が8割以上なら「靴下ソムリエ」として認定されます。国産の靴下ファンを増やすことが狙いで、今年も9月に奈良、大阪、東京で試験を行います。

ニットの生産が盛んな和歌山県には、世界的な有名メゾンに生地を販売している会社があります。ニット生地を製造するエイガールズは従業員32人の小規模な会社ですが、ヨーロッパやアメリカの高級ブランドと数多く取り引きしています。

同社のベストセラーが、「ロータス」という綿100%の生地です。インドの特定の地域でしか採れない品質の高い綿花を糸にして、和歌山の工場の編み機で、技術力の高い職人が編んで生地にしています。「綿なのにカシミアのような肌ざわり」と高く評価され、Tシャツやパーカーなどに使われ、リピーターを増やしています。

海外見本市やクラファンで魅力を訴求

エイガールズが海外に打って出たのが15年前。毎年2回、フランス・パリで開かれる、世界的な生地や糸の見本市「プルミエール・ヴィジョン」に出展し、生地の品質の高さをアピールしてきました。繊細な生地が、大手メゾンのバイヤーたちに評価され、今ではブースに行列ができるほどの盛況ぶりです。

海外の大手メゾンが高く評価する、エイガールズの生地

山下装子副社長は「売り上げ全体のうち、海外向けが4割を超えました。これからはアジアにも販路を広げます」と力を込めます。

このほか、石川、福井、富山の北陸3県は、ポリエステルなどの合成繊維の一大産地。糸を作り、糸や生地を染めるそれぞれの工程を行う大きな企業が複数あり、合同で展示会を開いています。地方の小さな工場で、若手の2代目がクラウドファンディングを活用して、ヒット商品が生まれるケースも増えてきています。

こうした国内の産地の品質の高さや取り組みを知り、私たち消費者が適正な対価という形で正当な評価ができるようになることが、今治で起きた悲しい事態を変える一歩につながるかもしれません。

© 株式会社マネーフォワード