【MotoGPコラム】再び証明されたドゥカティのライダーに対する扱いの酷さ

 イギリス在住のフリーライター、マット・オクスリーのMotoGPコラムをお届け。第11戦オーストリアGPでアンドレア・ドヴィツィオーゾが優勝し、ドゥカティに第6戦イタリアGP以来の勝利をもたらした。だが、そのレースウイーク前にはレプソル・ホンダ・チームのホルヘ・ロレンソがドゥカティに移籍する噂が立つなどし、ドゥカティのライダーに対する扱いの悪さが再び露呈されたとオクスリーは言う。

ーーーーーーーーーー

 ドゥカティは第11戦オーストリアGPで5カ月ぶりの優勝を飾ったが、オーストリアでの週末において、ドゥカティがライダーへの気の配り方が分かっていないことがまたも証明された。

 2019年の夏は、ライダーの移籍に関するニュースはそうないだろう。なぜならすべてのMotoGP参戦ライダーは、2020年末までの2年契約を結んでいるか、さもなくば、ほぼ確実に来年まで持ち越される1年延長の契約があるからだ。その代わりにMotoGPにはばかげたニュースがある。

 第9戦ドイツGPでジャック・ミラーは、プラマック・レーシングとの2020年に向けた契約延長が、ほぼ決まったと述べた。「僕たちは契約金について話し合っているところだ」とミラーは語っていた。

 しかし、第10戦チェコGPでミラーは、なぜ契約書が届いていないのか疑問に思っていた。オーストリアGPで彼はその理由に気づいた。ドゥカティは、2018年のファクトリーライダーだったホルヘ・ロレンソに、ミラーの後任として2020年のドゥカティ復帰を打診していたのだ。

ジャック・ミラー(プラマック・レーシング)

 ミラーは混乱し、動揺し、怒りを覚えた。「大きなレンガをぶつけられた気分だった」とミラーは語った。結局のところ、23歳のミラーはドゥカティで素晴らしい2年目のシーズンを過ごしており、ドゥカティの将来を担うだろうと目されていた。やはりミラーはトロイ・ベイリスやケーシー・ストーナーのように、オーストラリアのダートトラックでバイクのコーナリングを学んだオーストラリア人なのだ。

 ドゥカティは、ここ何年も同じような仕打ちをライダーにしてきた。MotoGPチームやドゥカティ・コルセ内部の経営体制、また特にドゥカティ・モーター自体のトップは、彼らのライダーを裏切り、信用を失ってきた。2004年末にベイリスを放出。チームにとって初のMotoGPチャンピオンに輝いたストーナーが2009年に体調を崩した時には彼を支援しなかったため、ストーナーは契約が満了した時点ですぐにチームを去った。

2007年、ドゥカティにチャンピオンをもたらしたケーシー・ストーナー

 2014年にカル・クラッチローはドゥカティのファクトリーチームを辞める決断をした。クラッチローはその時、ファクトリーとの2年契約の1年目を終えてさえいなかった。そして2018年、ストーナー以来となる最速のライダーだったロレンソを放出することを決定した。

 ロレンソはデスモセディチGPの性能を最大限に引き出すことを学んだまさにその時期に、ドゥカティ・モーターのCEOを務めるクラウディオ・ドメニカリが彼を残留させたくないと考えていることを知った。2007年以来タイトルを獲れていないドゥカティにとって、ロレンソがタイトル獲得への最大の希望であったにもかかわらずだ。

 2019年、3度のMotoGPチャンピオンであるロレンソが、第8戦オランダGPで負った2箇所の椎骨骨折から回復の途上にあるなか、ドゥカティは彼との話し合いを再開した。ドゥカティ・コルセのゼネラルマネージャーを務めるルイジ・ダリーニャとアンドレア・ドヴィツィオーゾの関係はこの数カ月冷え込んでいたが、オーストリアGPでドヴィツィオーゾがマルク・マルケスに完勝したことで、彼らの関係は若干和らいだ。

■ドゥカティのライダーの扱いにおける3つの問題点

 だがダリーニャはロレンソをチームに戻したがっていた。なぜならロレンソはシーズンを通してマルケスの最大の脅威になれると確信していたからだ。

 しかし、この考えはMoto2チャンピオンであり、MotoGPで波乱のルーキーシーズンを送っているフランセスコ・バニャイアとともに、将来間違いなくドゥカティの希望となるライダーを犠牲にすることになるものだ。

 ドゥカティは優れたオーストラリア人ライダーを擁してきた歴史がある。またドゥカティの偉大なライダーたちの一部が、オーストラリアのダートトラックを走り回って成長したことは偶然ではない。なぜならダートトラックライダーたちはバイクをコーナリングさせコントロールするのに、常にリヤブレーキを使うからだ。そしてデスモセディチGPは、コーナーに進入して走り抜け、コーナー立ち上がりでリヤブレーキを使いこなせるライダーを必要としている。

「ジャックのライディングスタイルは我々のバイクに完璧に合っている。バイクが曲がりにくくても、彼は曲がることができる。彼には非常に速いドゥカティライダーとなる才能があると、我々は信頼を置いている」とドゥカティのチームマネージャーを務めるダビデ・タルドッジは昨シーズンに語っている。

 ホンダもライダーに対してこうした傲慢な態度をとっていた。2003年にHRC(ホンダ・レーシング)上層部とバレンティーノ・ロッシとの関係が悪化した。ロッシはHRCを去り、マシンよりライダーが重要であることをホンダに対して証明するために、ヤマハに移籍した。当時、ロッシのクルーチーフを務めていたジェレミー・バーゲスはこのように述べていた。

「ライダーはまるで電球のようだ。ひとつが切れたら他の電球に替えるんだ」

 HRCはロッシとの教訓から学びを得たようだ。

ドゥカティとのテストライダー兼アンバサダー契約を終了することになったケーシー・ストーナー

 現在、ドゥカティのライダーの扱いにおける大きな問題は、多くの場面でパフォーマンスを損なっている。ライダーはレースをする際、3つの優先事項を持っている。最も重要なのは個人的な満足感、2番目に多額の報酬、3番目はこうしたことをすべて可能にしてくれる、メカニックや直に接する周りの人々を喜ばせることだ。

 ファクトリーがライダーを苦しめると、すぐにライダーはこうしたモチベーションのひとつを失ってしまう。またライダーは、極めて重要な忠誠心の絆をも失う。それはライダー、チーム、ファクトリーの間において不可欠な結びつきだ。

 毎週ライダーの能力を最大限に引き出すことは、決して簡単なことではない。ファクトリーとチームは、ライダーに自信を与える必要がある。それによりライダーは自身とファクトリー両方の栄光のために、限界を超え、リスクを冒すよう勇気づけられるのだ。忠誠心の絆が失われたら、すぐに関係も壊れてしまう。

 2009年、ストーナーと彼のクルーとの関係に問題はなかったが、ドゥカティの上層部は(慢性乳糖不耐症による)体調不良を起こしていた彼をサポートしなかった。ストーナーはドゥカティ上層部に対する敬意をすべて失い、彼らのために勝とうとは思わなくなった。数カ月後、ストーナーはHRCと契約した。

 2016年にストーナーはテストライダーとしてドゥカティに戻ったが、2018年限りでまたもチームを去ることになった。トップエンジニアたちがストーナーの開発上のフィードバックを無視していると確信したからだ。

2017年から2年間、ドゥカティで戦ったホルヘ・ロレンソ

 昨年、ドメニカリはロレンソと契約しないことを決断した。この個人的な決定は、ドゥカティのタイトル獲得の可能性に多大なダメージを与えた。もしロレンソが今デスモセディチGP19に乗っていたら、マルケスはチャンピオンシップで58ポイントもリードしていただろうか? おそらくそうはなっていなかっただろう。

 そしてドゥカティはミラーとの結びつきも損なってきた。ミラーはドゥカティとの長期的な将来を見込んでいたが、今ではライバルファクトリーからのオファーを検討している。ミラーの扱いをしくじったことに加え、ファクトリーはアルバロ・バウティスタをスーパーバイク世界選手権(SBK)のチームに残留させることに関心を持っていないようだ。

 ミラーはプラマック・レーシングのチームーオーナー、パオロ・カンピノティがロレンソの復帰を望んでいないと考えているため、安泰なのかもしれない。しかし、ロレンソの復帰を望んでいるのはどうやらダリーニャであるようだ。ダリーニャの方がどのライダーが何に乗るかということについてより大きな決定権を持っているかもしれない。

 結局のところバイクはドゥカティのものであり、カンピノティのものではない。ドゥカティのライダーの扱いは酷いものだ。近年、追いだされたり酷い扱いを受けたライダーは相当数にのぼる。

© 株式会社三栄