暑気がやむ頃

 中のろうそくに火をともすと、その熱で円筒がくるくる回り、薄い紙の上を草花や人馬の影絵が走る。お盆の頃、飾られた回り灯籠がほのかに光を放っていた。〈走(そう)馬(ま)燈(とう)いのちを賭けてまはりけり〉久保田万太郎。走馬灯は夏の季語という▲小さな炎を“原動力”にして、灯籠は柔らかな模様を周りに映す。内に小さな命の火をともし、力の限り音色を響かせるセミも、どこか似ている気がする。きのう街路樹から1匹の声が耳に届いた。これが最後、と命を懸けて声を絞り出すようで、夏の終わりを思わせる▲きょうは二十四節気の「処暑」で、暑気がやむ頃という。今月に入ってすぐ、県内でも気温35度以上の猛暑日となる所があったが、お盆を過ぎたあたりから日差しはやや弱まっている▲おとといの日付で、読者のお一人が小欄に便りをくださり、その書き出しに風情を感じる。〈数日前より少しだけ涼しさを感じ、今朝はじめてエアコンを切りました。久しぶりに熱いみそ汁がおいしいと感じました〉▲きのう夏の高校野球が幕を閉じた。球音がやむと夏もやみ、セミの声もやがてやむ。季節の移ろいは情趣を伴うが、夏の後ろ姿を見送るのはいくらか寂しくもある▲走馬灯のように、と言う。景色か、誰かの面影か、人それぞれ心に浮かぶ夏の影絵は何だろう。(徹)

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