ミイラになるために自ら死を選んだ僧侶たち 彼らがこの秋、東京にやって来る……!! |Mr.tsubaking

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即身仏

「ミイラ」というとエジプトに伝わるクフ王のミイラを思い浮かべるかたが多いかもしれません。それは遠い外国の遠い昔の、どこか絵空事のように感じているかたもいるでしょう。

しかし実は、日本にも「即身仏」とよばれる僧侶のミイラが山形県などを中心に十数体いるのです。

今回ご紹介するのは、福島県の小貫という地区で「小貫のミイラ仏」と呼ばれている弘智法院 宥貞(ゆうてい)という僧侶の即身仏。

エジプトのミイラは、その人が偉大な存在だったために残された者達が、その姿を未来永劫残そうと、ミイラになるよう施していくものです。

しかし即身仏は、自分が死んだ後も仏教の教えを伝えていきたいと願う僧侶が、生きているうちから自らミイラになっていくのです。

弘智法院 宥貞は、村に疫病が流行したのをきっかけに、即身仏として薬師如来になることを決意しました。

身体に水分が残っていると、死後すぐに腐ってしまうため、ミイラになれません。その為、ミイラ仏(=即身仏)になるには、まず木食(木の皮ばかりを食べること)をして、身体から水分をなくしていきます。その後、断食に移行しさらに身体の水分をなくします。

限りなくカラカラになったところで、石棺に入り(土中の穴に埋められる例もあります)お経を唱え続けるのです。

弟子や近隣住民は、空気穴から漏れてくるそのお経の声が聞こえなくなったところで入定(死)したと判断しますが、すぐには石棺をあけたり掘り出したりせず、ミイラ化を待ちます。

数週間から数ヶ月後にようやく石棺が開かれ、ついに即身仏となるのです。

こちらがその写真です。

ところが、全てが即身仏になるわけではありません。石棺を開けてみて、姿勢が崩れていたり合掌をしていなかったりした場合「死の直前に、生に執着した」ととらえられ、無情にも破壊されてしまうことも多いのです。

生身の僧侶では、原則生きている間しか人々に教えを伝えることができませんが、こうしてミイラとなることで、半永久的に身体がのこり、その姿で末代まで教えをつたえていくのです。

福島県の田園風景の中にある貫秀寺という小さなお寺にいる宥貞さん。

それほどの苦行をしたとは思えないほど、微笑んでいるようにもはにかんでいるようにも見える表情をしています。

このお堂と、即身仏を管理しているのは地域の保存会の皆様。かつて村の人々を愛した僧侶は、即身仏となった今、数百年後にその村に暮らす人々に愛されているのです。

寛大で穏やかな、往時の宥貞さんの姿が見えてきます。

宥貞さんは江戸時代に即身仏となった人物ですが、日本にいる即身仏でもっとも最近のものは昭和時代に掘り出されたものもあります。ミイラは遠い国のはるか昔の話ではないのです。

なお、現在宥貞さんは調査のため拝観が停止されていますが、この秋、国立科学博物館で開催される『特別展 ミイラ~「永遠の命」を求めて MUMMIES OF THE WORLD』で東京にやってきます。都内で拝める日も間も無くです。(Mr.tsubaking連載 『どうした!?ウォーカー』 第40回)

貫秀寺
福島県石川郡浅川町大字小貫宿ノ内63
0247-36-1183(浅川町役場)
※現在、調査のため拝観中止中