「誰かに必要とされたい」欲求の正体は?

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恋人はいなくても平気だけど、友だちがいないとさびしいという人がいます。その反対に、友だちはいなくても平気だけど、恋人がいないとさびしいという人もいます。

いずれにしても、“誰か”がいないと、さびしさを感じるわけです。なぜ人は、自分ひとりではダメなのでしょうか。

■「必要とされたい」気持ちが生まれる理由

“誰かに必要とされたい”という気持ちは、なぜ生まれるのでしょうか。性格によるものなのか、それとも日々の生活環境が影響しているのか。いくつかの視点から考えてみましょう。

◇マズローの欲求段階

アメリカの心理学者にアブラハム・マズローという人がいました。この人は、「ヒューマニスティック心理学」とよばれる分野で中心的な役割を果たした心理学者です。

ヒューマニスティック心理学とは、人間の肯定的側面を強調した心理学で、カウンセリングなどに影響を与えました。

マズローという人は、人間の欲求は段階のようになっていて、それぞれの段階で欲求を満たすことで、たえず成長を続け、最終的には「自己実現」に向かって進んでいくと考えたんです。

もっとも低いレベルの欲求は、人が生命を維持するために必要な食欲や睡眠、排せつなどの欲(=生理的欲求)で、もっとも高いレベルの欲求が、自己実現(=自己実現の欲求)です。

この欲求段階には、ある集団や家族に所属し、その中で“愛情が感じられるつながりを持ちたい”という社会的欲求(=所属と愛の欲求)もあります。

そして“自分のまわりにいる他者から認められたい、評価されたい、注目されたい”という尊厳欲求(=承認欲求)もあります。

“誰かに必要とされたい”という気持ちは、この「マズローの欲求段階」でいえば、「所属と愛の欲求」や「承認欲求」に一致します。つまり“誰かに必要とされたい”という欲求は、人間の基本的な欲求ともいえるでしょう。

◇賞賛されたい欲求

こちらも欲求ですが、マズローとは別の話になってきます。

人には程度の差はあれ、「人気者になりたい」とか、「みんなを感心させたい」という欲求があるといわれています。これは専門的には、「賞賛獲得欲求」とよばれ、“他者から肯定的な評価を得たい”という欲求といわれています。

“誰かに必要とされたい”というのは、その誰かが自分を肯定的に評価してくれているから必要とするわけです。ちょっとわかりづらいですが、自分が困っているときに助けを求める場合でも、「あの人はダメ」と思っているには、助けを求めないですよね。必要とするのは当然、頼りになる、信頼できる相手です。

ほら、もうこの時点であなたは肯定的に評価をされているわけですから、“賞賛を獲得しているのと同じ”です。欲求があるときは、欲求を満たしてくれる対象が必要となってきます。つまり、ほめられたいということと、誰かに必要とされたいというのは、密接な関係にあるんです。

◇甘えたい欲求

日本の精神科医に、土居健郎という人がいました。この人は1970年代に、日本人の人間関係には“甘え”という心的な特徴があると指摘して話題になりました。

土居健郎によれば、甘えとは「人間関係において密接な関係を保ち、安全を保障し、やさしく保護し、欲しいままにさせ、大切に世話し、愛情を注いでくれることを渇望する欲動であって、内的に構造化され強く表出されるもの」(※)と定義されています。※『甘えの構造』(弘文堂)

甘えたいというのは、“愛情を感じたい”ということなるわけですが、愛情を感じるためには、“自分を必要としてくれる人の存在”が必要になってきます。そのため、だれかに必要とされたいという、“甘えたい欲求”が表れるのかもしれません。

■必要とされたくて苦しいときは?

では、誰かに必要とされたいのに、誰も必要としてくれなくて苦しいときは、どうすればいいのでしょうか。

あまりに長期にわたって、必要とされない状況が続けば、極度に孤独を感じてしまいます。「孤独死」という言葉もあるように、うつ病や心臓疾患など、さまざまな病気になってしまうこともゼロとはいえないでしょう。そのため、孤独感をそのままにしておくことは得策とはいえません。

◇自分が誰かを必要とする

“必要とされる”という言葉からもわかるように、必要とされたいのにもかかわらず、誰にも必要とされなくて悩んでいる人の多くは、“受け身”“待ち”の態度の人が多いかもしれません。いってみれば、他力本願です。

相手が必要としてくれるのをえんえんと待っていても、その瞬間がおとずれる保証はありません。考え方を変えて、自分が誰かの必要な人になるように考え方を切り替えましょう。

そのためには、まず自分が誰かを必要とすることです。自分が誰かを必要とすれば、今度はその相手があなたを必要としてくれる時が必ず来ます。

◇ボランティアに出かける

受け身で待ち続けているくらいなら、必要としている人のところに出かけていくというのもいいでしょう。

それはたとえば、ボランティア活動でもいいとおもいます。ひとくちにボランティアといっても、実際に被災地に出かけるようなものもあれば、ファンドレイジングをするための集客など、じつにさまざまです。

きっと、あなたの得意なことが生かせるボランティアが、誰かの役に立つことが出てくるでしょう。

◇ペットを飼ってみる

もう最終的な手段ではありますが、ペットを飼うというのもいいでしょう。

この場合、できるだけワンちゃんやネコちゃんがいいかもしれません。というのも、少なくともワンちゃんやネコちゃんは、おなかが減ったときに“エサが欲しい”とか、“散歩に行きたい”とか、“一緒に遊びたい”とか、飼い主に対して自己主張をしますよね。

飼い主に対して要求をするというのは、飼い主の助けを必要としているわけです。つまり、自分を必要としてくれることを実感できるでしょう。

■「必要とされたい」の活かし方

誰かに必要とされたいという気持ちは、マズローに従えば、人間にもともと備わっている欲求です。もともと備わっているということは、それが人が生きていくうえで必要なことだからです。

必要とされたくて苦しいときには、ボランティアに出かけてみましょうといいました。必要とされたいという気持ちは、社会貢献など“他人のために活かす”ことで誰かの役にも立ちますし、自分自身の“必要とされたいという欲求”を満たして、解消することができます。

ただ漫然と、誰か必要としてくれる人がでてくるまで待っているという受け身の姿勢は、むしろ孤独感がつのるだけで、いいことはありません。ですが、誰かに必要とされたいから、誰かを必要としている人のところにみずから出向いていこうと態度を変えれば、自分の存在が、周囲にとって幸せになるわけです。

少し考え方を変えるだけで、必要とされたいという欲求をプラスの方向に活かすことができるんですね。

誰しもが、誰かに必要とされたいと思っています。自分だけが“誰にも必要とされていない”なんて思う必要はありません。ただ、あなたを必要とする人に出会えていないだけなんです。

あなたを必要とする人に出会えるよう、少し考え方や視点を変えてみませんか。

(平松隆円)

※画像はイメージです