【世界から】SNS通じ性暴力被害訴え ミャンマーでも

「ビクトリアに正義を」の支援者が制作したイラスト。写真のように、プロフィルをこの画像に変えるユーザーが続出している=板坂真季撮影

 今年6月以降、ミャンマー全土でこれまでにない盛り上がりを見せている「運動」がある。それが「ビクトリアに正義を/Justice for Victoria」。この運動はシンボルマークとして幼い少女のシルエットを掲げている。その理由は幼児への性的暴行事件をきっかけに沸き起こった警察や政府に対する抗議活動だから。ミャンマーでは性被害に遭う子どもは少なくないにもかかわらず、ほとんどが警察に通報されないままとされる。それだけに今回の盛り上がりはミャンマー版の「#Me Too」(「私も」の意)になる可能性があるとして大きく注目された。

 ▼被害者は2歳女児

 事件に関する一連の報道をまとめると、事の推移は以下のようになる。

  5月16日、首都ネピドーに住む2歳の女児がけがを負って保育園から帰宅したため、病院を受診したところ、医師が性的暴行を受けたものと診断した。その翌日に両親が訴え出たところ、警察は園長の男性運転手を逮捕。ところが、嫌疑不十分ですぐに釈放した。

  一方、女児から話を聞いていた両親は当初より別の人間を容疑者だと考えていた。それは園長の2人の息子たちだった。そんなこともあって、両親は捜査のありように疑問を抱いていた。加えて、その後も捜査は一向に進展する感じがない。そんな状況にしびれを切らした両親と支援者たちはフェイスブックで事件を告発する投稿を行う。この投稿を有名芸能人がシェアしたことなどが奏功して、一気にミャンマー全土へ拡散。警察は批判にさらされるようになった。

  すると、警察は一度釈放したこの運転手を再び逮捕した。ところが、肝心の園長一家はすでに雲隠れ。加えて、園長側に不利な証言をしていた目撃者も姿を消してしまっていた。実は、園長一族は地元の有力者で身内には警察関係者もいる。それゆえ、警察は犯人を別にでっち上げた―。大多数の市民はそう推測している。

  こうした事件は、これまでのミャンマーなら握りつぶされて終わりだったかもしれない。しかし、今回は会員制交流サイト(SNS)を通じて、瞬く間に事件、そして警察の捜査が不可解なことばかりであることなどが知れわたった。支援者たちは「ビクトリアに正義を」という文言を配したイラストを考案。多くの人びとがこのイラストをフェイスブックなどのプロフィル写真に設定した。もちろんのことだが、被害女児が特定されないようにするために「ビクトリア」は仮名だ。

今年7月に行われた抗議デモの様子を大きく伝えるミャンマーの新聞=板坂真季撮影

  こうしたSNS上での盛り上がりを受けて既存メディアも事件を取り上げるようになった。結果、7月16日には数千人規模のデモが起きるまでに発展。さすがに政府も無視できなくなったのだろう。一刻も早い真相究明を警察に求めたとする声明を発表するに至った。

 ▼盛り上がりの影で危うさも

 今回の運動が盛り上がった理由は次の三つが考えられる。

  (1)「政権が変わっても警察の腐敗は何も変わらないじゃないか」という市民の怒り。

  (2)これまで声を上げることがためらわれてきた性暴力への抗議。SNS上では、自分や家族に降りかかっても全く不思議ではない性暴力全般に、政府がもっと真摯(しんし)に取り組むことを求める声が求める声が多く見られた。

  (3)警察が隠蔽(いんぺい)しようとした事件を自分たちの手で掘り起こすことができたという高揚感。特に、分かりやすいスローガンとシンボルマークの広がりようは「流行」と表現したくなるほどだ。

  一方で、課題もある。ミャンマーに住む人々がSNSを利用するようになってまだ5年もたっていない。まだ、不慣れなのだ。そのような市民が作り出した今回の運動には、根拠のない推測をあたかも事実かのように流布するケースが多々見られたほか、“真犯人”と目されている人にも無罪の可能性があることに対する配慮があまりにも欠けている。SNS上で当たり前のようにフェイクニュースがまかり通っている現実を多数経験してきた外国人の目には、何とも危ういものに映ってしまう。

  このままでは、来る2020年に実施予定の総選挙でフェイクニュースが飛び交い、国内が大きく混乱してしまうのは確実―。そんな光景が目に浮かぶのは、筆者だけではないはずだ。(ヤンゴン在住ジャーナリスト、板坂真季=共同通信特約)

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