「いじめ自殺」の調査結果を私立校がないがしろにできる理由   行政手出せず「聖域」に 長崎市・海星高

By 石川 陽一

長崎市の私立海星高の男子生徒が自殺した現場で手を合わせる遺族

 2017年4月、長崎市の私立海星高の男子生徒=当時(16)=が市内の公園で自殺した。この問題を巡り、いじめ防止対策推進法に基づいて設置された第三者委員会は、同級生からのいじめを主要因とした調査結果をまとめた。遺族側は受け入れたが、海星高側が受け入れを拒否。そのまま時間が経過し、いじめた側の同級生らのいる学年は卒業。行政は踏み込んだ対応ができないままだ。なぜこんなことになっているのか。私立校が事実上「聖域」となっている現状を追った。(共同通信=石川陽一)

 ▽「突然死ということに」 学校側提案に不信感

 母親(47)によると、男子生徒は自殺直前まで変わった様子はなかった。前日も宿題をこなし、当日はいつもどおり登校。車で学校へ送ったのが最後の別れになった。死後、自宅で見つかった手記には同級生に「さんざんディスられた(侮辱された)」などと記されていた。「悩みに気付けなかったのは親の責任もある。悔やみきれない」。遺族の苦しみの深さは想像を絶する。

自殺した私立海星高の男子生徒が書いた手記を手にする母親

 遺族によると、遺体発見の約1週間後、悲しみに暮れる遺族に対して、海星高側は驚くべき提案をしてきた。「突然死ということにした方が良いのではないか」「他の生徒には急に転校したと説明することもできる」。不信感を持った遺族は、真相を明らかにするために第三者委員会を設置することを海星高側に要請した。学校側も受け入れ、17年7月、いじめ防止対策推進法を踏まえた文部科学省策定の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に基づき、弁護士ら5人による第三者委を設置して原因の調査に乗り出した。

 第三者委は調査で、生徒や教職員に聞き取りやアンケートなどを実施した。設置から約1年4カ月後の18年11月、授業中に男子生徒のおなかが鳴ることへのからかいがあったなどと認め「自殺の主たる要因は同級生からのいじめ」とする報告書をまとめた。

 にもかかわらず、海星高側は「具体的な事実を示していない」としてことし1月、報告書を受け入れない意向を遺族に通知した。災害共済給付制度を運営する独立行政法人日本スポーツ振興センターへの死亡見舞金の申請も拒否し、遺族に「損害賠償請求権を放棄するなら死亡見舞金の申請を考える」と持ち掛けたという。

 海星高側は自殺原因の見解や第三者委の報告書を受け入れない理由について、19年8月までの共同通信の取材に「弁護士と対応を協議しているので話せることはない」として具体的な説明をしていない。

 ▽海星高側が県の指導に抵抗

 このガイドラインは自殺の原因調査の結果を都道府県に報告することを義務付けている。だが、海星高側は当初、応じなかった。県は書面や口頭で18年11月以降、十数回にわたって催促。学校側はことし6月に第三者委の報告書などをようやく提出した。一方で、いじめを認めない姿勢は現在もそのままだ。
 
 ガイドラインは調査結果を「特段の支障がなければ公表することが望ましい」と規定している。今回のケースでは海星高が公表の主体となる。しかし、遺族と県が口頭や文書で再三にわたって求めているにもかかわらず、学校側は現在も応じていない。

私立海星高が設置した第三者委員会による報告書(画像の一部をモザイク加工しています)

 こうした対応がまかり通るのは以下の理由による。

 いじめが背景にあると疑われる自殺があった場合、「ガイドライン」は、学校または学校の設置者が原因の調査主体になるとしている。つまり、公立校の場合は所管の教育委員会、私立校の場合は、学校を運営する学校法人が主体となる。

 さらに私立校は私立学校法で「自主性を重んじる」と定められていて、教育方針や学校の運営、人事に行政側が直接介入する権限はない。

 学校側が調査結果を都道府県に報告後、遺族がその結果に不服を申し立てれば、都道府県で新たに第三者委員会を設けて再調査できる仕組みになっている。だが、今回、遺族はいじめを認定した報告書を受け入れているため、長崎県にできることはない。

 県の担当者は「公立なら関係者の処分も可能だが、私立は不可能。やりたい放題されても簡単に手出しできない。報告書と真摯(しんし)に向き合うよう『指導』という名のお願いをするしかないのが現実だ」としている。

 ▽性善説に依拠、「求められる高い公共性」

 私立校の自主性が尊重される背景には、戦前に国が教育に介入したことへの反省がある。日本私立大学協会の小出秀文(こいで・ひでぶみ)事務局長によると、戦前は私立校に解散命令をちらつかせ、政府方針に従わせるケースもあった。小出氏は「多くの国民を戦争に駆り立てた後悔から、自由な教育を担うことが戦後の私立校には求められた」と指摘する。自主性を尊重した日本の法制度は「学校法人の『性善説』に依拠して成り立っている」とし、「自主性が認められている分、高い公共性も求められる」との見解を示す。

 文部科学省によると、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」は、学校側が調査結果を受け入れることを前提としている。罰則規定も存在しない。子どものいじめ問題に詳しい兵庫県弁護士会の渡部吉泰(わたなべ・よしやす)弁護士は「第三者委の判断に効力を持たせる仕組みが必要だ。従わない場合は私立でも行政から指導員を派遣するなどの措置を検討するべきではないか」と訴える。

 ▽「息子の死を無駄にしないで」 遺族の切実な思い

長崎市の私立海星高(画像の一部を加工してあります)

 遺族は海星高側に、再発防止のために命の大切さについてクラスで話し合うことや、いじめ防止のメッセージを配布することを要請した。実施したとの報告はないまま、男子生徒の同級生はことし3月に卒業を迎えた。海星高側はいじめを否定する一方、自殺の原因についての見解をいまだに遺族に示していない。

 男子生徒の父親(52)は怒りを押し殺すように、静かな口調で語る。「憤りもあるが、それ以上に息子の命が軽んじられていることが悲しい。二度と同じことが起こらないように、より良い学校にしてほしいと願っているだけなのに。このままでは息子の死は無駄になってしまう」

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