INORAN、ツアー初日公演開催「昔夢見た"あの光景"に本当に近い」

INORANが待望のニューアルバム『2019』を完成させ、全国ツアー『TOUR 2019 「COWBOY PUNI-SHIT」』をスタートさせた。『2019』は、彼のロックとギターに対する溢れんばかりの愛情と、情熱が込められた会心作である。本作のリリースイベントで、INORANは「今回、アルバムタイトルがなかなか決まらなかったけど、2019年というフレーズはしっくりきた。今年は、元号が令和になった時も日本の皆がポジティブに受け入れたし、秋にはラグビーのワールドカップもスタートする。関わってくれた皆の気持ちが込められているし、写真の日付じゃないけど、2019年の“今の自分”をうまく表現できたと思うと、充実した表情で手応えを語っていた。

8月21日(水)、新宿BLAZEからスタートした『TOUR 2019 「COWBOY PUNI-SHIT」』。ライブ当日は、それまで続く35℃を越す暑さとは異なり、夜になると気温は28℃ほど。小雨がパラつく中で、だんだんと秋が近く気配を感じたが、会場のボルテージは、開演前から既に今夏以上に熱気を帯びていた。

ファンクラブ『NO NAME?』限定となる本ライブは、開演時刻にアナウンスされた「Are You Ready to Rock?」の言葉通り、全編に渡りピュアなロックスピリット全開で、キャリアの“集大成”と呼ぶに相応しい、圧巻の内容だった。

オープニングにプレイされたのは『2019』の「Gonna break it」。先にステージに登場したRyo Yamagata(ds)、u:zo(b)、Yukio Murata(g)による、力強いバンドのグルーヴがファンを鼓舞させる中、スペシャルゲストの来門(vo)が登場。彼は、u:zoと共にミクスチャーバンドROSに在籍し、本曲の作詞を手がけたキーパーソンである。曲の冒頭、来門が「お前ら楽しんでいけよ!」と叫ぶ。そして、ステージにINORANが登場すると、会場の声援は一際大きいものになった。INORANと来門は互いにアイコンタクトをしながら、マイクを持ってステージを所狭しに動き周り、呼応し合う力強いツインボーカルでオーディエンスを魅了。90年代インダストリアル・ロックを彷彿とさせる、イナたいビートが特徴の「Gonna break it」。ライブでは、来門のリズミカルなリリックによって、縦ノリなバンドのリズムに横ノリのフロウ感が加わり、独特で強烈なグルーヴが生み出されていた。

開放感があり、力のみなぎったビートに観客がノリ始めたタイミングで、来門「INORANがヤバいと思うヤツは手を上げろ!」と観客達を煽り、その後プレイされた、ヘヴィなギターリフとキャッチーなサビが魅力の「COWBOY PUNI-SHIT」で、会場の熱気はさらにヒートアップ。ツアータイトルにもなった「COWBOY PUNI-SHIT」は、ギタリストのMurataが作詞を担当しているが、そのオリジナリティ溢れるリリックの世界観に、INORANはとてもインスパイアされたそうだ。

彼は、インタビューの際に「『2019』は、u:zo、Murataさん、Jon Underdown、FEEDERのDean Tidey、他にも多くの素晴らしい人達が協力してくれて、どれもが最高だった。中でも、Murataさんの「COWBOY PUNI-SHIT」の歌詞にはやられたよね。Cowboyという単語に“罰する”という意味のPunishを加えるんだから。凄いワードセンスだよ」と、嬉しそうに話していた。この曲も、INORANと来門によるツインボーカルだったが、筆者はこの開始2曲のパフォーマンスに、1stアルバム『想』や、彼がかつてソロと並行活動していたFAKE?時代のスタイリッシュな音楽的要素が、色濃く宿っていると感じた。このライブを経験するまで、『2019』という作品は、8thアルバム『Teardrop』や9thアルバム『Dive youth, Sonik dive』で打ち出した、彼の重要な音楽カテゴリーのグランジやオルタナティヴ的な要素を、さらに昇華させた内容だと解釈していた。それは決して間違っていないと思うが、ライブ後の今改めて考察すると、新作『2019』の活力に満ちた現代的なロックサウンドの奥底には、INORANがソロ活動をスタートさせて、様々な試行錯誤を行っていた頃の、オルタナティヴ/ミクスチャー・ロックのテイストも同様に宿っている。そう、まるでポートレイト写真のように、彼がミュージシャンとして歩んできた“これまでの全歴史”が一切の嘘偽りなく、リアルに音に現れているのだ。

その後、INORANは愛用のジャズマスターを手に取り、ライブの定番曲「2Lime s」、今も根強い人気を誇る「Hide and Seek」といった、疾走感溢れるナンバーをプレイ。演奏の中で、彼がとても満ち足りて、心底楽しそうな表情をみせていたのが印象的だった。その後のMCでは、「東京元気か? この作品の制作をスタートして、曲作りをし、レコーディングをして、レコーディングの途中に色々と考えて、やっと完成したわけだけど、この作品を作ったのは、今広がっている“この景色”が見たいからでした」と、幸せそうにファンに語りかける。

そして、「昨日、明日からツアーがスタートするんだって、夜仕事を終えた時に思い出したよ。”思い出したこと”といえばさ、少年時代に音楽が好きになって、ギターに興味が出て、父親のギターを彼がいない時に弾き始めたんだ。で、もっとギターが好きになったから、お金を貯めて、初めて楽器屋に行き、最初のギターを買ったんだ。手に入れた時は本当に嬉しくて幸せだったよ。あの頃の“初心の気持ち”をやっと思い出せた。今日は本当に最高です」そして、「でもさ、最高な時って人生のいつもじゃない。もしからしたら数回かも。波みたいなものかもしれないね。でも、それでいいと思う。最高な波ばかりいつも来たら、サーファーだったら絶対に波に乗らなくなるでしょ?(笑)」「でさ、初めてギターを買い、家で無心に弾いていたあの至福の瞬間、ふと夢見たのは、今広がっている”この景色”だったってことは、ここだけの内緒な話です」と、いつもよりも饒舌に語りかけ、「そんな特別な日にこの曲を送ります」とコメントし、「Beautiful Now」を演奏する。

「Beautiful Now」は、10thアルバム『BEAUTIFUL NOW』完成以降、ライブでずっと演奏されてきた、INORANとファン双方にとって、思い入れの強いナンバーである。この日の「Beautiful Now」も、初めてライブで披露された時と全く変わらない幸福感を我々にもたらしたが、その音はさらに磨き抜かれ、アップデートされていた。INORAN、Ryo、u:zo、Murataによるバンドのグルーヴは、これまで以上にディープかつ豊かだったし、そこにINORANとMurataのブライトでファジーな美しいギターの音色が加わることで、曲にさらなる強い生命力が宿っていた。

個人的にハイライトだと思ったのは、その後披露された『2019』の「Don’t you worry」と「Starlight」。ロックではあるが、ダンサブルなビートがアクセントとなる「Don’t you worry」は、INORANらしい秀逸なメロディセンスがキラリと光る佳曲。その涼しげで、柔らかいムードは、開演直後からピークに達した会場の熱気を、心地良くクールダウンさせる役割を果たした。

アコースティックギター弾き語りによる「Starlight」は、INORANが「『2019』の中で、そして自身のキャリアの中で重要な曲が完成した」と明言する、情緒溢れるスローナンバー。ソウルフルで味わい深いINORANのボーカルが、「Don’t you worry」で少しチルアウトした会場に、ゆったりと響き渡っていく…。

その後、INORANはMCで「この作品を作ってさ、これから神戸、静岡、金沢と日本を周るけど、色々なことがあると思う。でも、1年に1回、こうしてお前らに会えるのが本当に嬉しい。もしまた、ここから先のツアーでも偶然また会って、さらに濃い時間を過ごせたら素敵だね」と語り、『2019』の力強いロックナンバー「For Now」を演奏。ライブは後半へと向かう。

終盤セクションには新旧の人気曲が並ぶ。どの曲にも、自身の楽曲をリアレンジしたセルフカバー作『INTENSE/MELLOW』の完成以降、ライブ演奏をフォーカスし進化を続けてきた、今のINORANバンドらしいリアルな音像が宿り、とても興味深かった。

『TOUR 2019 「COWBOY PUNI-SHIT」』のセットリストは、冒頭で彼がソロをスタートさせた頃の、色彩豊かなミクスチャー・テイストが色濃く反映され、そこから『2019』の楽曲を軸に、これまで歩んできた音楽性の変化が見事に打ち出されている。MCでINORANが語った「東京、本当に最高です。今回のツアーは皆で青春しようぜ!」というコメントも、自身のキャリア集約した“この音”を、会場のファンと分かち合いたいと願ったからだろう。

最後に、INORANは「今日の景色は凄い。今はその先を夢見ているから、まだベストとは断言したくないけど(笑)、昔夢見た“あの光景”に本当に近い。『大切なことは一回だけで何度も言うな』と親に言われているから、一度だけ言います。お前ら本当に愛してるぜ!」「今日はどうもありがとう。ラストはこの曲を皆で歌って帰りましょう」と語り、『2019』の「Long Time Comin」を演奏する。

彼が最終曲として今回、近年ライブのラストを飾ってきた「ALL WE ARE」ではなく、「Long Time Comin」を選んだのは、少しサプライズであった。しかし、実際のライブで「Long Time Comin」が盛り上がっていく中で、それに応えるように次第に大きくなっていったファンのシンガロングは、以前の「ALL WE ARE」にも勝るとも劣らないものだった。この実景を見た時、「Long Time Comin」が、INORANが今後ライブのラストに望む、これまで以上の感動的な景色を実現するための、十分なポテンシャルを持っていると確信した。その後、INORANは、この日一番のスマイルを我々に見せて、ゆっくりとステージを後にした…。

INORANというミュージシャンの“今”が詳細に描き出された、『TOUR 2019 「COWBOY PUNI-SHIT」』。これから、彼らは8月24日(土)にファンクラブ限定となる神戸VARIT.公演から、8月25日(日)にLIVE ROXY静岡、8月31日(土)に金沢AZと数多くのライブし、彼の誕生日となる9月29日(日)に、TSUTAYA O-EASTで千秋楽公演となる『B-DAY LIVE CODE929/2019』を行う。INORANの唯一無二な音楽性が、このツアーを経てどのように変化をしていくのか、今からその先の期待は膨らむばかりだ!

(Text by 細江高広 Photo by:ヤマダマサヒロ@yamada_mphoto)

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