命の危険冒し物乞い 酷暑の砂漠で置き去り、息絶え ニジェール、最貧国の悲惨

ニジェールのサハラ砂漠で置き去りにされ、救助された移民(国際移住機関ニジェール事務所提供・共同)

 わずかなお金を得ようと、命懸けで酷暑のサハラ砂漠を渡る女性や子どもたちがいる。「最貧国」の西アフリカ・ニジェール。物乞いになるため隣国アルジェリアへ向かう途中、密航業者に置き去りにされ命を落とす移民が後を絶たない。人口爆発や貧困などさまざまな要因が移民を生み出し、国連児童基金(ユニセフ)職員は「解決に向けた特効薬はない」と口にする。日本ユニセフ協会の視察に同行し取材した。(カンシェ共同=中檜理)

 ▽尿飲む

 乾いた砂地が広がる南部ザンデール州カンシェの農村。気温は40度近い。太陽が照りつけ、汗が噴き出す。「喉が渇いた子どもに私の尿を飲ませました」。土壁の家屋で取材に応じた主婦ズレイ・ハブさん(30)が、子どもたち4人とサハラ砂漠を2日間さまよった体験を証言した。

 ズレイさんたちは3年ほど前、アルジェリアに行くためピックアップトラックで砂漠を移動していた。車内と荷台には計25人以上の移民が座り、体を動かす隙間もない。道中、砂に埋まり頭髪だけが地面に出た遺体を目にした。

 走り始めて3日後、密航業者は突然、砂漠の真ん中で全員を車から降ろし詳しい理由を告げず立ち去った。「もう(村に残した)母に会えない」。食べ物や水はなく、ズレイさんたちはパニックになり泣き叫んだ。

 ▽広大な墓地

 約25人の移民は、タイヤ跡をたどり歩き始めた。ズレイさんは1歳の息子を背負い、3歳と5歳、10歳の娘3人の手を引いた。炎天下、「疲れた。休みたい」と泣きじゃくる子どもたち。見渡す限りの砂漠だったが、ズレイさんは「ほら、あそこに街が見えるでしょ。歩いて。お願い、歩いて!」と励ます。喉が渇いた子どもたちに、尿をすくって飲ませた。一緒にいた別の家族の大人たちに「尿を分けてください」と懇願したが、彼らも自分の子に飲ませるため断られた。

 別家族の5歳と7歳の男児が息絶えたが、一行は遺体をその場に埋葬し歩き続ける。一人、また一人と足を止め脱落していく。ズレイさんも死を覚悟したが、偶然通り掛かった車に子ども4人と共に救助された。

 ユニセフによると、西アフリカ諸国から多数の移民がニジェールの砂漠を通過し北アフリカや欧州を目指す。ザンデール州からは、物乞いになるためアルジェリアへ渡る人が多い。密航業者が当局の追跡から逃げたり、移民から金銭を巻き上げたりして置き去りが頻発。地中海で遭難死する移民よりサハラ砂漠での死者の方が多いとされ、「砂漠はまるで広大な墓地」(ユニセフ職員)だ。

 ▽希望なく

 村で井戸水を売る仕事をしていたズレイさんは、4年ほど前に一度、子どもたちとアルジェリアで物乞いをした。「幼い子がいた方がお金を恵んでもらいやすかった」という。約1年半の物乞いで自身の手元に残ったのは、わずか約1万CFAフラン(約1800円)。「それでも村の暮らしの方がひどい」と思い直し、再びアルジェリアに向け出発。その途中、砂漠で置き去りにされた。

 救助され村に帰った後「お母さんを苦労させたくない」とアルジェリアへ一人で旅立った長男(14)が道中、何者かに射殺される事件も起きた。「息子を失い、将来への希望がなくなった。もう村からは出ない。きっと神様が助けてくれる…」。ズレイさんは目に涙を浮かべ、か細い声でつぶやいた。

砂漠で置き去りにされた体験を語るズレイ・ハブさん=6月、ニジェール・カンシェ(共同)

 ▽負の連鎖

 真新しい空港、舗装された幹線道路、開業目前の外資系五つ星ホテル―。取材で訪れた6月末、ニジェールの首都ニアメーではアフリカ連合(AU)首脳会議を前に建設ラッシュが起きていた。前回2017年に出張した時との〝発展〟ぶりの差に目を見張った。

 しかし、これはニジェールの一側面にすぎない。生活の豊かさを示す国連人間開発指数(18年)は世界最下位だ。貧困や児童婚、人口爆発、気候変動による砂漠化などの問題が複雑に絡み合い、人々を移民に追いやっている。

 伝統的風習が色濃く残るニジェールでは、女性の地位が低い。ユニセフなどによると、女性4人のうち3人が18歳までに結婚し、1人が産む子どもは平均7人で世界最多。教育を受けていない人ほど多産の傾向がある。ズレイさんも貧しい家庭で育ち、学校に通ったことがない。15歳で結婚し、子どもを7人産んだ。ニジェールの女性の典型例だ。

 出産後に本人や子どもたちが貧困から抜け出せず、次世代にわたり教育機会が奪われる「負の連鎖」に陥っている。約2200万人の人口は、今後20年ほどで倍増する見通しだ。

 農村に砂が舞い、モロコシの葉が荒野で頼りなげに揺れる。住民たちは「数十年前、大地はもっと青々としていた」と振り返る。砂漠は既に国土の8割超を占めるが、気候変動で農地がさらに減少。増えた人口分をまかなえず、食料危機も懸念されている。

 ザンデール州知事は「農業と牧畜以外に産業がない」と話し、若者が増えても仕事にありつけない。ニジェールの他の地域や隣国マリ、ブルキナファソで貧しい若者がイスラム過激派に勧誘され、地域一帯の治安が急速に悪化。ユニセフは教育支援や児童婚対策を進めるが、ある幹部は「急増する人口(とそれに伴う問題)に追いついていない」と焦りを口にする。

 日本政府は28日から、各国首脳らとアフリカ開発会議(TICAD)を横浜市で開催。「アフリカは経済成長し、ビジネスチャンスにあふれる」ともてはやされるが、「絶望」の中で暮らす無数の人たちの存在を忘れてはいけない。

© 一般社団法人共同通信社