深刻さ増すネットの差別 刑事の壁、民事の苦痛 ヘイトスピーチ対策法3年、現状と課題(2)

ヘイト投稿をした候補予定者の公認取り消しを報告する立憲民主党の4月1日のツイート(ツイッターより)

 インターネット上のヘイトスピーチは、対策法から3年がたった現在も後を絶たない。対策法には禁止規定や罰則がないため、加害者の罪を問うには刑法を適用する必要があるが、大半は処罰されていないのが現状だ。被害者が尊厳回復のために民事訴訟を起こしても、被害を追体験して苦しむことになる。

 ▽難しい刑事事件化

 「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も追い出そう。李さんは殺ろう」。2013年2月、フリーライターの李信恵さん(47)=大阪府=を名指しした差別投稿が、ツイッターに書き込まれた。

 李さんはヘイトデモの現場に駆け付け、抗議や取材をする中でさまざまな中傷や脅迫を受けていた。直接的な殺害予告に恐怖を感じ、大阪府警に相談した。

 府警は、書き込んだ東京都の男性会社員を脅迫容疑で書類送検。しかし、検察は不起訴にした。

 他の投稿についても府警に相談したが、なかなか取り合ってもらえなかった。差別表現については「売り言葉に買い言葉でしょう」と相手にされず、「ブス、ババア」という中傷には「あなたはかわいいから大丈夫」。「五寸くぎを送り付けよう」という投稿は「殺傷能力がないから」などと相手にされなかったという。

 刑事事件化の壁は高い。差別投稿が立件され、刑罰まで行き着いたのが判明しているのは、これまでに2件だけだ。

 大分市の男性は昨年12月、川崎市に住む在日コリアンの少年に対する侮辱罪で科料9千円の略式命令を受けた。今年2月には、沖縄県の在日コリアンの男性に対する名誉毀損(きそん)罪で、男性2人がそれぞれ罰金10万円の略式命令を受けた。

 「9千円払えばヘイトができるということか」。2件とも、刑罰の軽さに批判の声も上がった。

差別被害に遭った経緯を語る李信恵さん

 ▽被害を追体験

 警察に失望した李さんは、民事訴訟を起こす決意を固めた。まとめサイト「保守速報」と、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の桜井誠元会長を相手取ったが、訴訟は苦痛の連続だった。

 まず、保守速報の管理人を特定するのに時間を要したほか、自身への悪意に満ちた記事や発言の数々を証拠として集める作業で気分が悪くなった。裁判が始まると、弁論でヘイトデモの映像を見た際は、過呼吸となって倒れた。被害を何度も体験することになり、体調を崩して左耳の聴力を失った。仕事もできず、訴訟費用も重荷となった。

 裁判所は判決で「人種差別、女性差別の複合差別」と認定し、保守速報に200万円、在特会側に77万円の賠償を命じたが、最高裁で確定するまでに4年半を要した。うれしさの半面、やり切れなさも感じた。

 ▽多発するネット上での差別書き込み

 ネット上での差別は、他にも枚挙にいとまがない。最近話題になった例を挙げてみると…。

 「属国根性のひきょうな民族」「在日一掃、新規入国拒否」―。3月に問題化したツイッターのヘイト投稿は、日本年金機構世田谷年金事務所の当時の男性所長が韓国人に対して書き込んだものだ。

 ツイッター上で投稿が男性のものであると特定されたため、自ら機構に申し出た上、「軽率だった。好意的な反応があり、エスカレートした」と釈明した。機構は「差別的な発言はあってはならず、極めて遺憾だ」とコメント。4月までに男性を更迭し、停職2カ月の処分にした。

 4月投開票の統一地方選などを巡っては、立候補予定者2人の投稿が問題視された。

 立憲民主党は3月と4月に候補者2人が「韓国のようなごろつき」などのヘイト投稿をし、「到底容認できない」として公認を取り消した。

 5月には、東京都内の空港連絡バス会社の運転手とみられる人物が、中国人と韓国人を蔑称で呼び、「最初の停留所で日本人が全員降りて、以降は無言を決めてやった」とツイートした。差別的な投稿は、確認できただけでも30件以上あり、中には、運行時間に遅れないため車いすの乗客を乗せずに通過したと、障害者差別と取れる投稿もあった。

 投稿を見た複数の利用者が、過去の投稿からバス会社を特定したとして、会社に通報した。会社側は取材に「通報を受けて社内に注意書きを掲示した。当社の運転手かどうかは特定できなかったが、点呼の際に、誹謗(ひぼう)中傷や差別発言はしないように個別に注意した」と話した。

 ▽ヘイトクライム防止には、事件化のハードル低くする必要

 こうしたネットでの差別を止めるには、どうすればいいのか。

 李さんは「被害者が納得できる刑罰や賠償額があって初めて差別を抑止できる」と話し、対策法の改正を訴える。

 ヘイト問題に詳しい東京大大学院の明戸隆浩特任助教(社会学)は「対策法に罰則を設けるのが望ましいが、まずは刑法を柔軟に適用し、事件化のハードルを下げられないか。差別に基づいた侮辱や名誉毀損、脅迫は憎悪犯罪(ヘイトクライム)であり、通常より厳しい処罰が必要だ」と指摘する。

 被害者の負担が大きい民事訴訟になる前に、まずはネット業者が差別投稿を規制・削除する仕組みも不可欠だと強調し、「被害者より行政が前面に出るべきで、国は人権救済機関を設置してはどうか」と訴えた。(共同通信ヘイト問題取材班、続く)

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