想定外だった「選挙ヘイト」、新たな課題に  ヘイトスピーチ対策法3年、現状と課題(3)

街頭で掲げられたプラカード

 ヘイトスピーチ対策法の成立過程では想定されていなかった新たな課題も、見えてきた。「選挙運動の自由」を盾に取り、候補者らが街頭で公然と差別発言をする「選挙ヘイト」がそれだ。

 ▽法務省、警察庁が全国に通知

 ことし4月の統一地方選では、法務省や警察庁が直前に「選挙運動の自由があるからといって、安易に許してはならない」との立場を初めて鮮明にした。法務省は3月12日、「被害申告があれば適切に判断し、対応するように」と全国の法務局に通知。自治体の選挙管理委員会にも送られた。警察庁も同28日、都道府県警に「虚偽事項の公表や選挙の自由妨害など、刑事事件として取り上げるべきものがあれば対処を」と求める通知を出した。

 今回通知を出した背景には、排外主義政策を主張する政治団体の存在がある。

 2016年、在日コリアンなどへのヘイトスピーチを繰り返した「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠(さくらい・まこと)元会長は、東京都知事選に出馬。街頭演説で中国人や韓国人を中傷した。

 その桜井氏が党首の「日本第一党」は今年4月の統一地方選で、各地に計12人を擁立した。在特会関係者の中には、別の政治団体から出馬した人もいた。

 投票前日の4月20日には、桜井氏と第一党の新宿区議候補が東京のJR新宿駅前に並び立つ一幕があった。街頭演説が始まると、抗議する市民数人が「選挙を差別に利用するな」と書かれたプラカードを手に近寄った。これに対し、候補者が「あそこにいるのはチンピラ」「レイシスト(差別主義者)だとレッテルを貼られ、妨害を受けている」などと演説、緊張した空気が流れた。ただ、候補者側は、外国人への生活保護支給を疑問視する横断幕を掲げたものの、明確なヘイト発言をすることはなく演説を終えた。

法務省が作成した「ヘイトスピーチ、許さない。」と書かれた啓発強化のポスター

 ▽統一地方選は「検挙なし」だが…

 差別に反対する市民らは、インターネット上でも活動し対抗した。過去に差別発言をし、それを撤回しないまま立候補している候補者の氏名を挙げ、ツイッターなどで「ヘイト候補落選」を呼び掛けた。街頭演説の予定も調べ、周知した。結局、第一党は全員落選。ただ、同党以外から出馬した候補者には、落選運動で名指しされても当選した人もいた。

 統一地方選後、法務省の担当者は取材に「特定政党への予断を生じさせる恐れがあり、現時点では公表しない」と、相談件数などを明らかにしなかった。一方、4月23日の参院法務委員会で警察庁の田中勝也(たなか・かつや)審議官は「それぞれの現場で状況を見ている。現時点で統一地方選でのヘイトスピーチに対する検挙はない」と述べた。

 国の通知の効果はあったといえるのだろうか。今後も見守っていく必要があるだろう。(共同通信ヘイト問題取材班、続く)

 ヘイトスピーチ対策法Q&A

 ヘイトスピーチ対策法の施行から3年を迎えました。

 Q 何を目的とした法律ですか。

 A 国外出身者とその子孫に対する差別表現の解消を目指し、16年5月24日に成立、6月3日に施行されました。「不当な差別的言動は許されない」と明記し、国や自治体に相談体制の整備や、教育、啓発活動の充実を求めています。

 Q 法律に反する行動を取った場合はどうなりますか。

 A 憲法に定める「表現の自由」を侵害する恐れがあるとして、禁止規定や罰則は設けていません。ただ、侮辱や脅迫行為として刑事事件や民事訴訟の対象となる可能性はあります。

 Q 自治体はどう対応していますか。

 A 法律成立直後、川崎市が差別的言動を繰り返していた団体に公園の使用を認めない決定をしました。大阪市はヘイトスピーチと認定すれば、実行者の個人や団体名を公表できるとした条例を施行しています。

 Q ヘイトスピーチはなくなったのですか。

 A 差別表現を声高に叫ぶデモや街宣活動は続き、インターネットでも過激な言動が繰り返されています。自治体は差別をなくすため、地域の実態をよく調査し、具体的な規制方法の検討を進める必要があります。

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