「寄稿」当事者の声聞かぬ自殺対策とは

新法は寄与できるか(上) 田中幸子

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田中幸子さん

 新学期を控え、子どもたちの自殺が懸念される。自殺対策については、新たな法律が6月に成立し、9月に施行される。新法によって何が変わるのか。自殺対策の前進は期待できるのか。長年、この問題に取り組んできた遺族の田中幸子さん、研究者の竹島正さんの考えを紹介する。(47NEWS編集部)  

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 2005年秋に警察官の息子が自死で逝き、翌年、自死遺族の自助グループを立ち上げました。以来、自死をなくし、自死遺族への偏見や差別をなくすために闘ってきました。

 13年そうしてきて、ようやく当事者の声が政治や行政に届くようになってきたと思っていましたが、そうではなかったことに愕然としています。

 今年6月に「自殺対策の総合的かつ効果的な実施に資するための調査研究及びその成果の活用等の推進に関する法律」が制定されました。内容は一般社団法人または一般財団法人を全国唯一の「指定調査研究法人」(以下「指定法人」)として、自死対策の調査研究や対策の推進・評価・援助などを委ねるというものです。

 そんな動きがあるとは全く知りませんでした。後で調べて、全国紙1紙だけが3月に報じていたことを知りましたが、それとても、見出しは「自殺対策で地域支援組織/労働・福祉問題も助言/超党派議連が新法案」というもの。一民間団体に対策のほぼすべてを委ねるとは受け取れません。

 長く自死対策の中心となってきたのは、自殺予防総合対策センター(CSP)でした。それを改組して自殺総合対策推進センター(JSSC)になったのは2016年春(名前が紛らわしいですが、前の組織から「予防」がとれ「推進」の2文字が入っています)。

 どちらも国立研究開発法人の「国立精神・神経医療研究センター」の中に置かれた公共性の高い組織です。

 前の組織、CSPでは不十分だからといってJSSCに改組したのですから、軌道に乗っているとばかり思っていたのです。ところが、わずか3年で体制を変更し、民間団体を指定法人にして根幹の仕事を移すという。理解に苦しみます。どこにも公開されていませんが、JSSCの仕事に対する評価はどうなっているのでしょう。

 もっと理解に苦しむのは、この法律の第12条。大事なので引用します。

 「第12条 国および地方公共団体は、指定調査研究等法人に対して、調査研究等業務の適確な実施に必要な情報の提供その他の必要な配慮をするものとする」

 その民間団体の業務のために、自死者と自死遺族と自死未遂者の詳細な情報が提供されることになります。第7条に「秘密保持義務」が定められ、第15条に違反への罰則もあります。立法者は、だから「安心せよ」「心配しすぎだ」と言うのでしょうか。

 秘密保持義務と違反への罰則は逆に、刑事罰を持ち出さなければならないほどセンシティブな個人情報を、この民間団体が扱うことを示しています。

 何度でも強調したいのは、自死に関わる情報がとてもデリケートな個人情報であること。

 不自然死ですから、警察が検視して死因を調べ、さらに通報者や親族・知人に事情聴取し、関係資料を集め、死に至るまでに何が起きたのかを確認する。

 その結果、集約される情報は、職場や学校、家庭での状況に加え、本人の体調、経済状態だけでなく内面にも及びます。そうして事件性の有無が判断され、自死も報告されます。

 警察の情報は「自殺統計」として公表されています。これはあくまでも「積み上げた数字」であって、個人情報は含まれていません。ところがこの法律では、最もセンシティブな情報が一民間団体に提供されてしまう。

 こうした情報がどのような対価を払って得られるのか。遺族の立場から説明します。

 遺族に対する警察の事情聴取は、長時間に及ぶことが少なくありません。取調室で10時間聴取されたという人もいます。1日5時間、連日呼び出されたという人もいます。

 大切な人を亡くしたばかりの遺族にとって、これがどれほど重い心理的負担になるか。長時間の聴取を受けたことが周囲に知られた場合、心ない人から「彼が殺したんだろう」とささやかれ、あるいは直接責められる。心を病んだ人もいます。

 この法律には、集める情報の範囲に関する歯止めがありません。「個人情報は提供しない」とか「名前は含まれない」とか「市町村以下は特定しない」といった制約があるべきです。「遺族の承諾が必要」といった手続き面の規定も置かれていません。

 これからでもいい。提供の範囲や手続きを整備してください。そうでないと、警察の聴取にも応じられません。遺族も真実を知りたいのに、安心して協力することができなくなります。

 これまでも個人情報が流出したと思われる事例がありました。いきなり遺族の家にアンケートの協力依頼が来たこともあるし、自死の現場となった物件(住宅)を特定し、自死の方法まで掲載しているウェブサイトもあります。不動産価値が減じたとして、遺族はしばしば法外な損害賠償を請求されています。

 いまある問題を解決することなく、さらに一民間団体に情報を流すことには、到底賛成できません。

 今回の法制定で、問題の中心に最も近いところにいるはずのわたしたちは埒外(らちがい)に置かれました。同じことは、例えばわたしが支援しているいじめによる子どもの自死でも起きています。

 子どもにSOSの出し方を教えるといいながら、実際はSOSを発しても学校が対応せず、親が訴えても動かない。絶望した子どもが登校しなくなったり、死に至ったりするケースもあるのです。

 当事者の声に耳を傾けなくては、本当の支援は始まりません。心やさしい人が追い込まれて死ぬようなことのない社会にするために、遠回りでも丁寧に思いを聞き取ってほしいのです。

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 たなか・さちこ 全国自死遺族連絡会代表理事。1949年青森県生まれ。警察官の長男を長時間労働の末の自死で失った。2007年に自助グループ「藍の会」を立ち上げ、08年に全国自死遺族連絡会(仙台市)を設立。電話番号を公開、いつでも遺族の相談に応じている。

(編集部注)田中さんは「自殺」でなく「自死」という言葉を使うよう求めています。「自らを殺す」という自殺は「自由意思で実行した身勝手な行為」という見方につながり、自殺総合対策大綱にいう「追い込まれた末の死」という意味が打ち消されるというのが理由です。

「寄稿」自殺対策の透明・公平な発展を願う

新法は寄与できるか(下) 竹島正

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